記事・インタビュー
医療法人潤心会熊本セントラル病院 理事長
安倍 弘彦
近年、高齢者の診察上、カルテへの記載で、DNRやDNARの文字が数多く目立ってみられる。
DNR(Do not resuscitate)は、主治医が医療者に、適応がないということで心肺蘇生はしないように伝えるもので、この概念は、当初は患者や家族の希望を考慮に入れず、主治医が判断して心肺蘇生はしないということが行われていたことも多かったが、最近では患者や家族の希望を充分に取り入れるようになっている。
さらに「AHA Guidelines2000」などの国際的ガイドラインに沿って、DNRに変わり、DNAR(Do not attempt resuscitate)という用語が用いられて来ている。
しかし、最近カルテにDNRやDNARと記載されている患者に対し、回復不可能と考えられる背景の疾患に対する治療以外に、合併症となる後発の誤嚥性肺炎、褥瘡、骨折等々の疾患に対し通常の治療をも控えてしまうといった事例が増加していることが、多くの医療機関から聞こえて来る。
このような事例は、終末期とはいえ尊厳ある人の死ということに対し、何等考慮せずに医療を行っていることになる。
別の観点からいくと、neglect にもつながる行為とも言えることかもしれない。さらにはDomestic violence にもつながっていく考え、行為ともとれるものである。
DNARについて対象となる患者について、一律80歳以上などと設定している医療施設もある。
我が国の平均寿命は、年々延びており、病院に入院してくる年齢も大都市にあっても高齢者が増加して来ている。90歳以上の患者も多く、入院の原因となった病気以外は、元気である例も多い。
いわゆる超高齢者で、アクティブシニアと言われる方も年々増加して来ている。
このような方々に対し、DNARと一律に切り出すことには問題がある。
また、入院後どの時点でDNR&DNARを切り出すかということも重要である。さらに、背景となる疾患ががんか非がんかで、DNARの解釈が異なる。がん患者に対し、主治医がDNARの意思を確認するのは、死期が目前に迫っている時期であることが多い。この場合のDNARとしては、通常の心肺蘇生をしないというだけでなく、合併する疾患に対しての通常の治療も実施しないということが暗に含まれている。
一方で、心不全、認知症、脳梗塞後遺症など、非がん患者の末期、特に高齢者では想定外? の急変(脳梗塞や心筋梗塞など)を起こし、心肺停止にいたる可能性が常に考えられることから、入院や施設に入所する時点で、家族に急変時の対応を早々に確認するところも少なくない。
さらには、肺炎などの炎症性疾患出現時の抗生物質の投与や、原因究明のための画像診断や生化学検査、経口摂取困難や電解質異常の際の輸液なども中止してしまう方針の医療施設も多いと聞く。
このような通常の医療行為を早々に放棄することは、医療者にとっては避けるべき方針ではないかと考える。過剰診療につながる恐れも大いにあることと思うが、一方では医療者が楽をしたいという思い、行政の効率的な医療を追求しようという思惑も絡んでいる。
いずれ死に至ることがわかっていても、尊厳な死が迎えられるような状態を模索し、患者や家族と長期にわたってコミュニケーションを積み重ねることで、DNARを切り出す時期や、治療の要不要、治療のさじ加減も含め、患者家族や主治医、看護師、ケースワーカーを含めたチームの中で検討し合い、ソフトランディング(尊厳な死)を迎られるようにと念願するものである。
このようなDNARの拡大解釈による治療の差し控えを防ぐために、院内でDNARに関する患者・家族との同意文章を患者・家族と主治医・看護師を含めて、複数の立会いのもと作成し、運用している病院もある。
当院でも、やっとそのような同意文章を作成しようということで検討に入った段階であり、私の前述のような危惧を払拭出来るものと期待している。
※ドクターズマガジン2014年3月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
安倍 弘彦
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