記事・インタビュー
社団法人日本専門医制評価・認定機構理事長
池田 康夫
我が国の医療制度は対GDP比で見ると諸外国にくらべて著しく低い医療費にもかかわらず国民皆保険を維持しており世界一の長寿、もっとも低い新生児死亡率を達成していることから国際的に非常に高い評価を受けてきた。しかし現状はと言えば残念ながら“医療崩壊”なる言葉で表されるごとく医療の地域格差、診療科における医師の偏在、救急医療体制の不備等、多くの緊急に解決すべき課題が山積している。かつて経験したことのない超高齢社会を迎えている我が国において、医療制度の再構築は喫緊の課題と言える。
どのような戦略を立ててこれに臨むか?到達点を明確にしたうえで計画を立案し実行していく必要がある。私は現在、日本専門医制評価・認定機構理事長として、我が国の専門医制度の確立をめざして仕事をしている。専門医制度の意義に関しては今さら述べるまでもないかもしれないが、医師にとっては、修練プログラムの充実によってその診療レベルを高めることができると同時に、自ら修得した知識、技術、態度について認定を受け、それを社会に開示できるようになる。患者さんの側から見ると、診療を受けるにあたり、医師の専門性の判断ができ、受診に際して大いに参考になる。医療制度から見ると医師の役割分担を進めることによって、その効率化が図れる。地域の医療現場において専門領域に偏らず総合的に患者の診療ができ、臨機応変に専門治療への橋渡し役を担える“総合医”、あるいは“家庭医”を基本診療領域の専門医として位置づけることによって、より明確に医療の役割分担が確立される。そのためにはもちろん、“総合医”、“家庭医”育成のプログラムを早急に確立する必要がある。
我々が考えている専門医とは、それぞれの診療領域において標準的医療を安全に行い、患者さんがその治療を安心して任せられる医師を意味しており決してメディアの言う“神の手”を持つスーパードクターではない。
初期臨床研修を修了し臨床医をめざす医師すべてが内科、外科、小児科、産婦人科、整形外科、耳鼻咽喉科等の基本的な診療領域のいずれかの専門医育成のための後期研修コースに入り3〜4年の修練プログラムでの研修修了後に、しかるべき評価を受け、それぞれの専門医の資格を取得する。その後、さらに特化した専門領域の診療にたずさわることを希望する者はサブスペシャルティの専門医育成コースに進む。これらの専門医制度の構築が完成した際には、現在問題視されている“外形基準にもとづいた専門医公示”や医師が複数の診療科を標榜できる“診療科の自由標榜制の矛盾”等が一気に解決するものと期待される。
患者さんを中心に考えた効率の良い医療体制の確立には、このような医療の役割分担が必須であり、専門医制度の確立を通じてのみ、それが可能になると私は信じている。
現在の我が国の専門医制度はそれぞれの学会が独自に専門医を認定している。長年にわたり専門医制度の整備に真剣に取り組んできた学会も少なからずあるのだが、制度の統一性、専門医の質の担保等の点から学会認定の専門医制度に対する懸念は大きい。専門医認定のプロセスが学会によっては必ずしも明確でなく特に臨床能力本位になっていない制度も見受けられる。特殊域の高度な技術、技能等に特化した専門医と基本領域の医療を担う医師としての専門医では“専門医”の持つ意味が異なる。何よりも多様な学会の多様な専門医の誕生で国民にとっては理解が難しく、患者さんの視点に立った専門医認定制度とはほど遠い状況になっている。さらに言えば、専門医の適正数、適正な配置への対応ができておらず、専門医育成のための指導体制、研修施設をはじめとして育成プログラムが必ずしも確立されているとは言い難い。そもそも利益相反の立場から言うと、学会自身が専門医を認定する仕組みそのものに対して疑義が出されている。
このたび機構では新たな専門医制度の基本設計を提案した。すなわち専門医認定の透明性、公正性を確保するとともに、安心、安全、効率の良い医療を担当する専門医の育成、専門医の地域・診療科の偏在の是正、専門医へのインセンティブ付与等に考慮した制度設計である。その骨子は以下のごとくである。
1. 患者さんに信頼される医師の自立的な制度として確立する
2. 個別学会単位ではなく、診療領域単位の専門医制度とする
3. 専門医を基本領域と専門医療領域の2段階性とする
4. 専門医育成のためのプログラムと研修施設の評価・認定制度を確立する
5. 専門医の適正な数、配置をめざす
6. 専門医の認定や育成プログラム、研修施設の評価・認定は中立的な第三者機関で行う
この基本設計を実現するには、各学会と密接に連携しながらも学会と一定の距離をおく第三者的中立組織が必要であり、その組織に、各領域の専門医制度評価・認定と専門医育成のプログラム、研修施設の評価・認定の2つの重要な機能を持たせるというものである。長年にわたって努力をしてきた各学会の専門医制度委員会と密接に連携をとりながらも常に患者さんを中心に考える専門医制度の確立をめざす第三者的中立機関をつくっていけるかどうかが、我が国に専門医制度を確立させる鍵だと思われる。私としてはそれに向けて努力を惜しまず仕事をつづけたいと思っている。その先には医師法にも医療法にもきちんと位置づけられ、国民から信頼される専門医が誕生すると確信している。
※ドクターズマガジン2011年7月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
池田 康夫
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