記事・インタビュー

2017.11.22

看護師から見た刑務所医療

1. 刑務所で勤務するまで

看護師になって33年がたった。1985年から2003年まで国立の精神科病院で急性期病棟、てんかん病棟、器質性精神病病棟、M-ECT(修正型電気けいれん療法)病棟を経験した。当時の自分は、それぞれの病棟で専門的な治療や看護を学び、実習指導や看護学生への講義、看護研究委員など主要な役割も任され看護師として大きく成長するきっかけを与えてもらった充実した環境にあった。

しかし、医療観察法病棟の開設の話が上がり自分の看護人生そのものにある考えが芽生えた時期でもあった。

刑罰を犯した人物に手厚く医療を施し、看護することに疑問が生じたのだ。看護者として間違った解釈だと思うが、『本当に精神疾患の患者なのだろうか』、『治療や看護が必要なのだろうか』など患者としてケアできない自分がいた。

そんな中、気になっている施設があった。

車で府中街道を府中方面へ。左手に大きな絵画が描かれている高い塀の建物、そう『府中刑務所』だ。この中には多くの受刑者が服役している。

そこでふと、『医療観察法病棟と刑務所の違いって何だろう?』という疑問が頭をもたげた。刑務所の中ではどうやって医療は展開されているのか。看護師はいるのか。刑務所に送られる患者の基準は何か、など。

実際に調べてみたところ、刑務所には医師もいれば看護師も勤務していることが分かった。そこは、これまでの精神科で培った知識や技術を生かすことができる場所であり、医師や看護師を必要としている場である。そして、「刑務所医療」への疑問が興味に変わり、面接を受けてみることとした。結果は合格。2003年7月より法務技官看護師として拝命の運びとなった。

初登庁日、表門に制服をまとった屈強な刑務官が鋭い眼差しでこちらをうかがっている。用件を伝えると門を開けてくれた。立派な庁舎に入ると、人事の方があまり多くを語らず医務部へ連れて行ってくれた。通りすがり、刑務官の皆さんが大きな声で『異状ありません』と敬礼してくれる。ピリピリとした緊張モードで医務部長室に通された。

後日、新採用者の教育プログラムとして、まず各部署の課長、統括の方々によるオリエンテーションが始まり、新鮮な気持ちで研修に臨めた。刑務所の体制から学び、各部署との連携の重要性、連絡系統の徹底、基本法規に基づく被収容者の対応、書類管理等々、以前勤めていた病院とは大きく異なるもので、今までのように病棟の看護だけ、処置だけ、カンファレンスだけ行えばいいものではなかった。今後、務まるのかという不安感と身が引き締まる一方、さまざまなことを経験できる期待感をも覚えた。

2. 受刑者に対する精神科医療

勤務もだいぶん慣れた頃、配置換えで精神科への異動を命ぜられた。元々、精神科病棟での勤務経験が長かったので精神科患者の看護には自信があった。しかし、それは覆された。さまざまな不定愁訴を主張する者、抗精神病薬の処方を強要し精神病患者を装う者、明らかに詐病としか判断がつかない者、保護室に収容され異常行動が見られる者、拒食拒薬や自殺企図を繰り返す病識欠如な者、病状悪化をきたした者、そしてこれらの者が出所した時の入院先確保など、一般の精神科病院とは仕事内容が異なり戸惑った。

そんな中、一緒にチームを組んだ准看護師(刑務官)にはかなり救われた。被収容患者の最近の動向や不定愁訴を繰り返す被収容者への対応、保護室巡回の視点や診察終了後の各担当職員への申し送り、各種書類処理についてもスピーディーで的確であった。それは単に長く勤務しているからではなく、被収容者の見方、処遇力が身に付いているのだ。とっつきにくい風貌であったが、話をすれば熱く丁寧にいろいろと教えてくれ、当時の精神科医師と3名でチームを組んで所内の精神科医療の改善に取り組んだ。とにかく各部署を巻き込んで仕事をした。

3. 矯正医療の特殊性

他にも病棟や単独室を担当した。先にも述べたが、精神科看護師としての勤務が長く一般科の経験はほとんどなかった自分が、胃カメラ・エコー・アテローム切除などの検査や処置の介助を行う。糖尿病・肝硬変・肝細胞がん・呼吸器疾患・循環器系疾患などのさまざまな医療分野を理解し看護をする。学習しなければならないことが多々あり、手技や手順が分からず戸惑った。それを察してか、ある准看護師が物品の準備から介助・片付けまで丁寧に教えてくれた。本当に助かったのと同時に自分の無知を痛感した。これを機に自己学習や自分から率先して検査や処置の介助を施行させてもらった。このような積み重ねで疾患の理解を深めていかないと、数々の修羅場をくぐってきた被収容者の種々雑多な訴えに対応できず、病気なのか、詐病なのかを判断できないのである。自分は看護者として今まで詐病という視点から看護したことはないが、ここでは時として必要となる『本物』と『ニセモノ』を見極める視点、これも准看護師に教わったことである。

以前は、准看護師(刑務官)との見えない壁のようなものを感じたが、むしろ、われわれ正看護師が壁を作っていたのではないかと反省した。刑務所の医療、すなわち矯正医療では、専門性にたけている医師や看護師と、刑務官として処遇対応もできる准看護師がそれぞれの役割を持ってチームで立ち向かう姿勢が重要だ。

診察においては、各処遇職員から得た情報や客観的なデータ等を統合した上で、医師に的確に伝え診察や処置につなげる。目の前にあるさまざまな問題に、医師・看護師・コメディカルスタッフそれぞれが専門性を持って組織で対応し、職種の垣根を越えて話し合い問題を解決する。この流れこそが矯正医療の理想だと考える。

しかし、刑務所内だけでは問題解決が困難な場合(緊急受診や病院移送など)は、速やかに地域の医療機関につなげなければならず、日頃から近隣病院との密接な関係作りが大切となる。そのために刑務所の現状を知ってもらう意味でも、業務説明会を行い、実際に病院に赴いて担当医師や看護師や各スタッフと情報交換を行っている。

4. 今後の展望

最後になるが、今後の展望として感じたことを書いてみたい。現在、自分の働いている府中刑務所は、『医療重点施設』としての位置づけとなっている。主に肺結核、人工透析、HIV感染、覚せい剤精神病の患者を率先して受け入れる施設であるが、近年、生活習慣病やC肝炎を患う被収容者や認知症や介護を必要とする高齢の被収容者の増加が目立つ。当所の医療設備や医務職員のマンパワーからも、できることに限界があるのも事実である。そこで医療刑務所と施設間での連携を強化するとともに、移送などに係る事務手続きを簡素化し、重症度に応じて受診や移送を速やかに行い、症状が軽快すれば速やかに戻す、このような一連のシステムを充実させる努力も必要と考える。

また、全国の矯正施設から『天下の府中』と一目置かれている府中刑務所であるが、医務部職員も個人が目標を持ってスキルアップを図り、あらゆる問題にも前向きに対応できる人材育成を行っていかねばならない。それには各種研修の参加率アップ、伝達研修、各施設見学や実地研修等の充実を図ることも大事だ。風通しのよい職場とはどのようなものなのだろう。医師・看護師・准看護師・検査技師・薬剤師・刑務官それぞれが忌たんのない意見が言えるような職場、縦のつながりも横のつながりも大切にする、そんな職場で一緒に仕事をする仲間が増えることを切に希望している。

看護師から見た刑務所医療

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