記事・インタビュー
武蔵国分寺公園クリニック
院長
名郷 直樹・五十嵐 博
アスピリンの、心筋梗塞・脳梗塞などの心血管疾患の既往のある患者の二次予防における効果は広く認められています。これに対し、心血管疾患の一次予防におけるアスピリンの使用には議論の余地があります。2012年のアスピリンによる心血管疾患の一次予防についてのメタ分析では、アスピリン群で非致死性心筋梗塞は20%少ない(オッズ比0.80、95%信頼区間0.67〜0.96)ものの、脳卒中(オッズ比0.94、95%信頼区間0.84〜1.06)、心血管死亡(オッズ比0.99、95%信頼区間0.85〜1.15)に有意差は認められないと報告されています。1)
そういった中、2014年に日本人におけるアスピリンによる心血管疾患の一次予防についてのランダム化比較試験(JPPP試験)の結果が発表されました。2)心血管疾患の既往がなく、動脈硬化性疾患のリスク因子(高血圧症、脂質異常症、糖尿病)のある60〜85歳の患者1万4464人を対象にしたもので、低用量アスピリン腸溶錠(100㎎ /日)の投与(7220人)とアスピリン投与なし(7244人)を比較して、心血管死亡、非致死性脳卒中、非致死性心筋梗塞の複合アウトカムを検討した研究です。中央値5・02年の追跡で、複合アウトカムはアスピリン群で2.77%、対照群で2.96%とほぼ同等であり(ハザード比0.94、95%信頼区間0.77〜1.15)、研究は当初の予定前に打ち切られました。一方、輸血または入院が必要な頭蓋外出血はアスピリン群で0.86%、対照群で0.51%とアスピリン比で多く(ハザード比1.85、95%信頼区間1.22〜2.81)、致死性脳出血は両群ともに5人と差がないものの、非致死性脳出血、非致死性くも膜下出血はアスピリン群でそれぞれ23人、8人、対照群でそれぞれ10人、4人とアスピリン群で多いという結果となっています。
他の一次予防研究についてみると、日本人の2型糖尿病患者を対象としたランダム化比較試験(JPAD試験)においても、同様の結果が報告されています。3)心血管疾患の既往のない2型糖尿病患者2539人を対象に、低用量アスピリン( 81〜100㎎/日)の投与と投与なしを比較して、心疾患、脳卒中、末梢血管疾患の複合アウトカムを検討したものです。中央値4・37年の追跡で、複合アウトカムはアスピリン群で5.4%、対象群で6.7%と、アスピリン群でやや少ない傾向にあるものの有意差は認めませんでした(ハザード比0.80、95%信頼区間0.58〜1.10)。
JPPP試験の結果はどのように解釈すればよいのでしょうか? イベント発生数が予想より少なく、有意差を検出できなかった可能性は残りますが、出血のリスクを考えるとかなり大きな効果がないと臨床的な意味を見出すことは困難です。アスピリンによる心血管疾患の予防においては、対象者の心血管リスクが高いほど、アスピリンによる心血管疾患予防の利益が出血リスクを上回り、治療が有益となります。一次予防においては、心血管リスクが比較的高い欧米人においてもルーチンにアスピリンを投与すべきではなく、個別のリスクを考慮すべきとされていますが、日本人ではリスク因子があっても心血管疾患の絶対リスクは高くなく、多くの場合、アスピリンを投与しても出血リスクに見合う利益は得られないものと思われます。ちなみに、アスピリンには大腸癌の発症予防効果が認められることから、4)大腸癌の高リスク患者では利益とリスクの比較検討に影響するかもしれません。
意外な医学論文を紹介する本稿の趣旨に反して、JPPP試験の結果は予想通りといえば予想通りかもしれませんが、一次予防における日本人の心血管リスクの低さが際立つ結果となっています。
【参考文献】
(1) Seshasai SR, Wijesuriya S, Sivakumaran R, et al. Effect of aspirin on vascular and nonvascular outcomes: meta-analysis of randomized controlled trials. Arch Intern Med . 2012 Feb 13;172(3):209-16. PubMed PMID: 22231610.
(2) Ikeda Y, Shimada K, Teramoto T, et al. Low-dose aspirin for primary prevention of cardiovascular events in Japanese patients 60 years or older with atherosclerotic risk factors: a randomized clinical trial. JAMA . 2014 Dec
17;312(23):2510-20. PubMed PMID: 25401325.
(3) Ogawa H, Nakayama M, Morimoto T, et al. ; Japanese Primary Prevention of Atherosclerosis With Aspirin for Diabetes (JPAD) Trial Investigators. Lowdose aspirin for primary prevention of atherosclerotic events in patients
with type 2 diabetes: a randomized controlled trial. JAMA . 2008 Nov 12;300(18):2134-41. PubMed PMID: 18997198.
(4) Rothwell PM, Wilson M, Elwin CE, et al. Long-term effect of aspirin on colorectal cancer incidence and mortality: 20-year follow-up of five randomised trials. Lancet . 2010 Nov 20;376(9754):1741-50. PubMed PMID:
20970847.
※ドクターズマガジン2015年8月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
名郷 直樹、五十嵐 博
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