記事・インタビュー
CMECジャーナルクラブ編集長
武蔵国分寺公園クリニック院長
名郷 直樹
日本人の食生活は世界で最も健康に良いものの一つである。世界トップの長寿国を支えるひとつの要因である。魚も獣も、野菜もキノコも海藻も、卵も牛乳も、豆腐に納豆も、すべて食べる。その中で塩分の摂取量が多いというのが、日本食の数少ない弱点の一つである。そこで今回はその塩分に関する話題である。
塩分は血圧を上昇させることによって脳卒中の危険を増し、また、水分の貯留を引き起こすため、心不全を悪化させる。高血圧や心不全の治療において、塩分を制限することは当たり前にやられている治療で、筆者自身もそうしてきた一人である。しかし、その高血圧や心不全に塩分制限をしても、たいして役に立たないどころか、かえって悪いというのである。こうした論文が出たとなれば、これは一度きちんと読んでおかなくてはいけない。そこで、今回は高血圧や心不全に対して塩分制限を行うことがどのような効果をもたらすのかを検討したメタ分析の論文★1を紹介したいと思う。
このメタ分析は、コクランシステマティックレビューのひとつとして行われたもので、2011年6月の報告である。この論文では、正常血圧者を対象にした3つの研究、高血圧患者を対象とした2つの研究、両者を含む1つの研究、心不全患者を対象にした1つの研究の計7つの研究がまとめられている。正常血圧者を対象とした研究では、総死亡をアウトカムとして、相対危険0・67、95%信頼区間0・40〜1・12、高血圧患者を対象とした研究ではそれぞれ0・97、0・83〜1・13とある。ただし、最も長期間フォローアップした研究では、それぞれ、0・90、0・58〜1・40、0・96、0・83〜1・11とはっきりした効果を認めていない。
しかし、ここまでならまあそうかという結果である。私を最も驚かせたのは、心不全に関する部分である。メタ分析といっても実は一つの研究の結果に過ぎないのだが、そのひとつの研究の結果は、塩分制限をしたグループの方が死亡率が2・59倍高く、95%信頼区間も1・04〜6・44と統計学的にも有意な差を認めているのである。
もちろん、この一つの論文をもって、塩分制限が心不全の予後を悪化させると結論することはできない。しかし、少なくとも効果があるという結果でないことは一度きちんと受け止める必要がある。心不全の患者さんに、塩分の足りない、味気ない食事を強いてきただけかもしれないのである。私にとって、この論文を読んだ成果は少なくとも一つある。塩分制限を守れない、これまで困った患者さんとされていた人たちに、少しはやさしく接することができることである。それだけでもこの論文は自分にとって大きな意味があるように感じられる。
【参考文献】
1.Taylor RS, Ashton KE, Moxham T, Hooper L, Ebrahim S. Reduced dietary salt for the prevention of cardiovascular disease. Cochrane Database Syst Rev. 2011 Jul 6;(7):CD009217. Review. PubMed PMID: 21735439.
※ドクターズマガジン2011年11月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
名郷 直樹
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