記事・インタビュー
民間医局が、専攻医・研修医・医学生におすすめ書籍を集めた「医書マニア」。
医学書を読むのが大好きな先生方より、医学書のレビューをお届けします。
レビュー:三谷雄己先生(踊る救急医先生)

「クマに襲われた患者さんが搬送されてきた…どう対応すればいい?」
もはや他人事ではない“今そこにある危機”に備えるための、前代未聞の実践書がついに登場しました。
ここ数年、「クマに襲われた」「顔をかまれた」というニュースを見ない日がないほど、クマによる外傷が全国で増加しています。
秋から冬眠前にかけて発生件数が増えるのは知られた傾向ですが、もはや東北だけの問題ではありません。関東、さらには都市近郊でも、救急外来でクマ外傷を診療する機会が現実に増えてきています。
そんな「今、ここにある危機」に備えるため、全国で最もクマ外傷が多い秋田県の経験豊富な専門家たちが知見を結集した一冊が登場しました。
- 書評『クマ外傷 クマージェンシー・メディシン』
1.本書のターゲット層と読了時間
【ターゲット層】
救急科医・救急外来スタッフ・形成外科・整形外科・精神科医師・看護師・救急隊員・自治体関係者
つまり、クマ外傷に関わる可能性のあるすべての医療者・行政関係者です。
【推定読了時間】
1〜2時間程度(一気読みがおすすめです)
2.本書の特徴
『クマ外傷 クマージェンシー・メディシン』は、日本初となる“クマ外傷に特化した実践的医学書”です。秋田大学を中心とした、実際に数多くのクマ外傷患者を診療してきた専門家たちの経験が凝縮されています。
●クマ外傷の特徴を体系的に整理した日本初の専門書
●顔面外傷・四肢外傷の実際を詳細に解説
●精神的問題(PTSD)への対応も網羅
●予防対策まで含めた包括的な内容
●コラムが充実:ツキノワグマの生態から「子グマなら勝てるか?」まで
●救急隊・非高度救急医療機関向けの実践的アドバイスも収録
第1章 なぜ今、クマなのか -クマと現代社会を取り巻く現況-
第2章 クマ外傷の特徴
第3章 クマ外傷による顔面外傷の実際
第4章 クマ外傷による四肢外傷の実際
第5章 クマ外傷による精神的問題
第6章 クマ外傷の予防対策
充実のコラム(一部抜粋):
●理解しておくべきツキノワグマの生態:食性、行動
●クマも興奮、人間も興奮
●海外のクマ外傷事情
●被害にあった本人がその場でできる対応
●救急隊員がその場でできる対応
●高度救急ではない医療現場に搬送された場合の対応
●漢方治療併用の意義
●子グマなら勝てるか?
●クマのパンチにアッパーカットはない
3.個人的総評

救急医の立場から見ると、この本は「今まで誰も教えてくれなかったが、確実に必要な知識」を提供してくれる一冊です。
大阪での救急医学会に参加した際、秋田大学の先生方による観察研究が発表され、懇親会でも「クマ外傷は怖い」という話題が尽きませんでした。書店コーナーでは本書が平積みされ、Amazonでは品薄になるほど注目されており、初日の午前中に焦って買いに行ったのを覚えています。
クマ外傷の衝撃的な特徴
読んでまず衝撃を受けたのは、受傷部位の偏りです。
ツキノワグマの攻撃は、四足から立ち上がり、前肢を水平に大きく振り抜く動きが典型で、そのため損傷は顔面・頭部・頸部・上半身に集中します。
とっさに腕で顔をかばうと前腕や上腕の骨折が起こります。皮膚に残る傷は“ピンホール”のように小さいこともありますが、内部には粉砕骨折や血管・神経損傷が隠れている場合があり、見た目だけで軽症と判断せず、中のダメージを必ず疑う姿勢が不可欠であることを学びました。
顔面外傷の激烈さ
顔面の損傷は、特に激烈であることが特徴です。
咬創や裂創が広範に及べば、気道に直結する障害を伴います。救急のプライマリ・サーベイの原則どおり、気道の確保・呼吸状態の評価・循環の安定化を同時並行で進める必要があります。
無闇に洗浄やデブリドマンを始めると、止血手段が不足したまま出血がコントロール不能になる恐れがあるという記載には、ハッとさせられました。
手持ちの止血リソースと人員で安全に処置できるかを先に計算し、必要なら呼吸と循環を安定させてから高次施設へ搬送する。搬送前の安易な処置で”収拾がつかない出血”を作らないこと――これは今回学んだ大きな要点でした。
コラムが示唆に富んで面白い!
本書の魅力の一つが、充実したコラムです。
「ツキノワグマの生態」といった真面目な内容から、「子グマなら勝てるか?」「クマのパンチにアッパーカットはない」といった、思わずクスっと笑ってしまうけれど実は重要な情報まで、読み応え満点です。
「飼いイヌは役立つか?」「天敵の臭いによるクマよけ対策?」など、予防策についても具体的で実践的。医療者だけでなく、自治体関係者や地域住民にも役立つ情報が満載です。
4.おすすめの使い方・読み進め方
● まずは一気に通読する(1〜2時間で読める)
● 「自分が出会ったらどうするだろう」と考えながら読む
1.最初の通読は「流れ」を掴む
●1〜2時間で一気に読むのがおすすめです
●クマ外傷の全体像を理解しましょう
2.症例ベースで再読
●実際にクマ外傷患者が来た時の初動をシミュレーションを頭の中でしてみましょう
●「最初の10分で決めること」をイメージするとよいですね。
3.コラムで知識を補完
●息抜きしながら読めるが、内容は深いです。
●予防対策や生態理解は、地域での啓発活動にも使えそうです。
4.多職種で共有
●救急隊、看護師、コメディカルとの勉強会で活用しましょう。
●「搬送前に何ができるか」「病院で何が必要か」を共有する勉強会のタネにしてもいいかもしれません。
5.まとめ
本書は、”今そこにあるクマ外傷”に備える必携の書!クマによる外傷は、もはや「山奥だけの問題」ではありません。
全国各地で、救急外来や救命センターにクマ外傷患者が搬送される時代になりました。
クマ外傷の議論は、治療だけでは完結しません。
遭遇を避ける行動・地域での見守り・通報の仕組みが重要です。
出没情報を共有するアプリや通報システム、地域の掲示や見回り、子どもや高齢者への”野山の歩き方”の教育。
現場の臨床で学んだことを、「起きないようにする」知恵へもどんどん発信する必要があります。医療は病院の中だけで完結しない――本書を読んで、改めて痛感しました。
救急医療に携わるすべての人、そしてクマ出没地域に関わるすべての人に読んでほしい、前代未聞の実践書です。
6.医書レビュー
おすすめの医学書や日々の学びを発信
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<プロフィール>

三谷 雄己(みたに ゆうき)先生
救急科専門医
日本医師会公認健康スポーツ医
JATEC・ICLSインストラクター
立派な救急医を目指し、指導医の先生方に教えていただきながら日々修行させていただいています。
信念である「知行合一」を実践できるよう、臨床で学んだ内容をアウトプットすることで心掛けております。
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