記事・インタビュー

大阪大学名誉教授
仲野 徹
木下 翔太郎(著)/講談社発行
島崎 謙治(著)/筑摩書房発行
熊谷 賴佳(著)/中央公論新社発行
医療問題についての3冊であります。現在の日本の医療、個人的には、制度はすでに破綻してしまっているのにもかかわらず誰もそのことを認めたがらないといった状況ではないかと考えています。って、今回は超真面目ですやろ。
1冊目は『現代日本の医療問題』を。大げさではなく、これは医療従事者全てに読んでもらいたい。なぜなら、この本は極めてエビデンスレベルが高く、そして、きちんとした考察がなされているからだ。なにしろ、著者である慶應義塾大学特任助教の木下翔太郎医師が、英語論文として発表した内容、すなわち、専門家による査読を経て認められた論文に基づいた本なのである。
木下医師の経歴がユニークだ。千葉大の医学部を卒業後、医系技官とかではなくて、国家公務員試験を受験、合格して内閣府に勤務。その後、精神科医を経て、現在は社会医学やデジタルヘルスなどの研究に従事しておられる。そういった経歴が遺憾なく発揮されている内容はじつに多岐にわたっている。
5章から成る本の第1章「日本医療の現在地」は、極めてオーソドックスな内容だ。国民皆保険とフリーアクセスという日本の制度の特徴、医師の地域偏在と診療科偏在、国民医療費の増加、医薬品(特にジェネリック薬など)の供給不足にドラッグロス。このあたりはよく報道されるし、以前から言われてはいるけれど解決できない日本の医療の本質的な問題である。そういった意味では地味な章だ。それに対して第2章は「現代医療のトレンドと社会」と題されているだけあって、とってもトレンディー。
まずは女性医師について、その増加や働き方、そして、地域・診療科における偏在。つぎは医学部の受験戦争の過熱とその弊害、地域枠の課題。韓国での研修医ストライキ・医学生ボイコット問題。美容医療の増加と「直美」(初期研修終了後すぐに美容外科を専門にする若手医師)問題。GLP -1ダイエット問題など。いずれもニュースなどで目にすることはあるけれど、バックグラウンドも含めたしっかりとした解説はなかなか見られないので、えらく勉強になった。
第3章は木下医師が現在専門とする「医療DXの課題と展望」なので読み応えたっぷり。医療DXとは何かという解説から始まり、カルテの電子化やマイナンバー保険証、オンライン診療から医療AIまで。日本が遅れ気味であることを指摘しながら、「いつまでたっても状況が変わらないということも予想」されるが「これからの世代、将来の日本にとって必要なこととして、どこかの世代が頑張って乗り越える必要がある」という提言は貴重である。でも、ホンマのところ、どうなるんかしらん。高齢のお医者さんも多いし、かなり難しいかも。
以後、第4章「高齢化社会とこれからの医療」、第5章「未来に向けて必要な改革」へと論は進む。国民皆保険制度については、維持を前提に議論しつつも、いくつもの理由から「絶対的な存在ではなく、やめるという選択肢があるという考えでいます」と、極めてフレキシブルにして現実的だ。もちろん、その論説には十分な説得力がある。
内容は豊富だが新書で300ページほどと、それほど長くない。ですます調で書かれた解説は丁寧にして謙虚。経歴を見れば1989年生まれとのことだから、まだ30代の半ばである。ぜひ、何年かに一度、定点観測のようにこのような本を出し続けてほしい。国民皆保険制度についての詳細を知りたい人には『日本の国民皆保険』を。堂々としたタイトルが物語るように、制度の根幹から歴史、医療提供制度と医療保険制度の課題と改革まで、この分野の決定版と言っていい堅牢な内容になっている。
3冊目は『2030-2040年 医療の真実 下町病院長だから見える医療の末路』をオススメしたい。1冊目が鳥の目で俯ふかん瞰したような内容であるのに対して、こちらは実地、虫の目からの本である。正当に運営している中小病院がどんどん破綻している。このままいくと日本の医療が崩壊してしまうという警鐘は、自らの病院が実際に倒産の危機に陥ったことがある著者だけに迫力満点である。最後の章では医療DXの推進など「日本の医療沈没を防ぐ処方箋」が述べられているが、果たして効果をあげることはできるだろうか。
日本の医療とその制度、とても明るいとは言えませんわな。近い未来にとんでもない状況になりそうな気がします。個人でできることは少ないかもしらんけど、こういう本を読んで勉強することくらいはしておいた方がええんとちゃいますやろか。
今月の押し売り本

今月の押し売り本

今月の押し売り本

仲野 徹
隠居、大阪大学名誉教授。現役時代の専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。
2017年『こわいもの知らずの病理学講義』がベストセラーに。「ドクターの肖像」2018年7月号に登場。
※ドクターズマガジン2025年10月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
仲野 徹
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