記事・インタビュー

大阪大学名誉教授
仲野 徹
倉田 真由美(著)/古書みつけ発行
森永 卓郎(著)/フォレスト出版発行
金子 哲雄(著)/小学館発行
1年ちょっと前にも闘病記特集(?)をしたことがあるんですけど、あまり例のなさそうな闘病記を読んだので、その本から。
ダメな男ばかりを好きになってしまうマンガ『だめんず・うぉ~か~』で有名な、くらたまさんこと倉田真由美さんの『抗がん剤を使わなかった夫 ~すい臓がんと歩んだ最期の日記~』はタイトルのとおり、夫である映画プロデューサー・叶井俊太郎氏の記録である。2022年6月、54歳の時、黄疸から末期のすい臓がんが見つかった。半年からせいぜい1年という診断を受け、セカンドオピニオンを求めて、がん研有明病院をはじめ何カ所かを訪れる。悪名高き「がん放置療法」の故・近藤誠医師や、怪しげな民間療法のクリニックへも相談に行かれたのは気になるが、すい臓がんのエキスパートである消化器外科医を最後に訪れた。
抗がん剤を投与してがんが小さくなったら手術、という標準療法を提案されるが、「手術が成功したら、5年生存率は2、3割ですね」という言葉に叶井氏は決断する。「俺は絶対にやらないよ」と。くらたまさんはその考えを受け入れた。ステント留置や詰まった胆管を通す手術を繰り返し受けながらではあるが、やりたいことをやり食べたい物を食べながらの在宅治療、最初の余命宣告よりもずっと長く1年9カ月を生きられた。
「闘わない闘病記」という章があるけれど、とてもそうとは思えない。激痛のために希死念慮がでたり、なんども「死にたい」と言ったりしておられたのだから、それだけでも十二分に闘い続けられたという印象だ。現在のがん治療で緩和ケア以外は受けないという選択は当然ありうるものだ。しかし、そのためには、積極的な治療を受けるという以上の強い意志が必要かもしれない。
「来春のサクラが咲くのを見ることはできないと思いますよ」11月にそんな宣告をされたらどれだけショックだろう。それも、自覚症状などなくて受診した人間ドックでのCT画像による診断で。見つかったのは肝動脈をとりまく影。確定的な根拠はなかったが、すい臓がんステージⅣとの診断を受けた。おなじみの経済アナリスト・森永卓郎氏の『がん闘病日記 お金よりずっと大切なこと』の冒頭部分である。
ゲムシタビンとアブラキサンによる治療が開始されたが、まったく耐えることができずに中止。血液パネル検査(血液を用いたがん遺伝子パネル検査)の結果、がん遺伝子のKRASに変異がないことから、すい臓がんではなさそうだということになり、原発不明がんと診断名が変わる。そのおかげでオプジーボの投与が開始された。さらに、自分の判断で月に100万円もかかる「血液免疫療法」を併用した。仲良しだったくらたまさんから、叶井氏が受けていると聞いた治療法である。
関係ないと思って読んでいる本がつながりを持つのは意外な喜びだが、先の本には、その免疫療法のことは書かれていなかった。必ずしも評判のよくない民間の自費診療だけに、なんだかちょっとという気がしないでもない。ただし、くらたまさんの「決して他人には推奨しない」という言葉を聞いての選択だったというから、いたしかたなしといったところか。テレビで見たげっそり痩せられた姿には驚かされたが、がんを広く公表し、やりたいことをやり、67歳でお亡くなりになられた。
「率直に申し上げますと、今すぐ亡くなったとしても、驚きません」咳が止まらず受診し、気管を圧迫するような位置にある径9センチの腫瘍が見つかった時に呼吸器内科専門医が放った言葉である。いくらなんでも、率直すぎではないか。希少がんである肺カルチノイドだった。3冊目は流通ジャーナリスト金子哲雄氏の『僕の死に方 エンディングダイアリー500日』を。お亡くなりになられて10年以上になるが、生前はテレビで活躍されていたので、ぽっちゃりした顔を思い出される方も多いだろう。
金子氏は、自分を知る人に心配をかけず、最後まで喜んでもらいながら仕事をしたいという考えから、病気のことを隠し通した。みんなに楽しんでもらえる葬式の段取りまで自分でつけた。享年41歳、若すぎる。あらためて読み直したが、あざやかな逝きざまに、本の最後、涙が止まらなかった。
三者三様、まったく違うので、できれば3冊のまとめ読みをオススメしたい。がんで余命いくばくもないと診断されたらどうするか、考えておくべきですな。いざその時には、考え方が変わってしまうかもしれないけど。
今月の押し売り本

今月の押し売り本

今月の押し売り本

仲野 徹
隠居、大阪大学名誉教授。現役時代の専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。
2017年『こわいもの知らずの病理学講義』がベストセラーに。「ドクターの肖像」2018年7月号に登場。
※ドクターズマガジン2025年8月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
仲野 徹
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