記事・インタビュー

大阪大学名誉教授
仲野 徹
近藤 滋(著)/みすず書房発行
ピーター ロビソン(著)、茂木 作太郎(翻訳)/並木書房発行
エマニュエル・トッド(著)、大野 舞( 翻訳)/文藝春秋発行
今回は半年に一度の、関連性はないけど面白かった三冊の紹介であります。まずは、いまや国立遺伝学研究所の所長になっている近藤滋の『エッシャー完全解読』を。
近藤とは少なからぬ縁がある。かつて同僚教授だったし、京都大学医学部の本庶佑先生の研究室では、スタッフとして苦楽を、というか、苦労だけだったような気がしないでもないが、を共にした。専門は「発生学×理論生物学」で、実験系と理論系を本当の意味で両立できる稀有な研究者だ。今回は趣味の領域、あのエッシャーの絵の理論的解説に取り組んだ。いわば余業なのだが、たいした出来栄えの一冊になっている。
エッシャーといえば錯視を利用した「だまし絵」が有名だ。この本では、その中でも立体的な無限循環や建築不可能な構造物を取り上げて詳細に解読していく。幾何学的な解説がメインだが、だまし絵がどうして自然に見えてしまうのかについての説明も丁寧になされていく。視覚生理学のみならず認知脳科学の領域でもある。こう書くと難しそうと思われるかもしれないが、気の利いた中学生なら十分に理解できるくらいに分かりやすい内容になっている。
ノンフィクションが好きなのだが、日本のノンフィクションで世界に通用するものはあまりない。内容が面白くないから、ではなくて、ドメスティックな内容のものが多いからである。それでも、立花隆が宇宙飛行士にインタビューした『宇宙からの帰還』(中公文庫)や、沢木耕太郎が、戦争写真家ロバート・キャパの大出世作「崩れ落ちる兵士」撮影の謎に迫った『キャパの十字架』(文春文庫)などは絶対に世界で通用するはずだ。この『エッシャー完全解読』も、間違いなくそのレベルの快作である。
二冊目は『迷走するボーイング』を。子どもの頃から、ボーイング社のジェット機の格好良さにあこがれていた。とりわけT字型の尾翼が特徴的だったボーイング727が好きだったし、ボーイング747ジャンボジェットはシアトルの組み立て工場まで見学に行ったことがあるほどだ。なにしろボーイング社といえば優れた技術力が売り物だった。なので、2018年と2019年にボーイング737MAX8が連続して墜落事故を起こしたときには驚いた。
当初は操縦ミスではないかと主張したボーイング社だったが、後に、失速を防ぐための「操縦特性補助システム(MCAS)」の欠陥によると認めざるをえなくなる。いくつかの理由があるのだが、技術よりも経費削減を重視したのが最大の原因だった。どうしてこのようなことになってしまったのか。
元々はエンジニアが全体をリードする会社であったのが、時代に流され、次第に財務重視・株主重視、言い換えると利益重視の会社になってしまっていた。ボーイング737MAX8の事故後、それではいかんと宣言したものの、実際には大きく変わっていない。実業から虚業へ、物作りからマネーゲームへという流れが起きたとき、いったい何が企業に起こるか。学べることは多い。『ボーイング 強欲の代償 —連続墜落事故の闇を追う—』(新潮社)も同じ問題を扱った好著である。技術系のことを詳しく知りたい人には『迷走するボーイング』を、より経済的な面を知りたい人には『強欲の代償』がオススメだが、読み比べてみるのも面白い。
三冊目はフランスの人口学者・歴史学者エマニュエル・トッドのベストセラー『西洋の敗北 日本と世界に何が起きるのか』を。われわれが考えている以上にロシアの国力が強くなっている。ひるがえって、米国とヨーロッパは自滅の道を歩みつつある。そういった視点からの近未来予測である。トッドが専門とする伝統的な家族構造などが論拠としてあげられていて縦横無尽だ。説得力抜群とはいえ正しいかどうかを判断するのは難しいが、目からウロコの一冊であることは間違いない。
もう一冊、『サピエンス全史』(河出文庫)の著者ユヴァル・ノア・ハラリが、AIが社会にどういった影響を与えるかを論じた『NEXUS 情報の人類史』(河出書房新社)も圧巻の一冊だ。上巻では、中世の魔女狩りなどを例にあげながら、情報化には負の側面もあるという歴史を、下巻では、「判断力」を持ったAIが情報社会に組み込まれたときに世界はどうなっていくかを考えていく。けっして明るくはない未来が予測されているが、これからはそういったことを頭に入れて生きていかねばなるまい。ふぅ、ようさん本を紹介しました。でも、どれも読み応えのある本ばっかり、おもろおまっせぇ。
今月の押し売り本
今月の押し売り本
今月の押し売り本
仲野 徹
隠居、大阪大学名誉教授。現役時代の専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。
2017年『こわいもの知らずの病理学講義』がベストセラーに。「ドクターの肖像」2018年7月号に登場。
※ドクターズマガジン2025年7月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
仲野 徹
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