記事・インタビュー

2025.02.04

<押し売り書店>仲野堂 #36

仲野先生

大阪大学名誉教授
仲野 徹

ヘンリー・オースター(著)、デクスター・フォード(著)、大沢 章子(翻訳)/新潮社発行
スティーブ・ブルサッテ(原著)、黒川 耕大(翻訳)、土屋 健(監修)/みすず書房発行
町田 康(著)/講談社発行

隔月で医学関係とそれ以外、内容的に関連のある3冊を、というのが連載のルーチンだす。でも、そればかりだと、絶対紹介したい本に漏れが出てきてしまいますねん。なので、半年に1回ずつくらいの割合で、関連性はないけど鉄板でおもろい3冊いうのを紹介させてください。その第1回として、まず、個人的2024年ベスト本、『アウシュヴィッツの小さな厩番』を。

第二次世界大戦中に収容所で厩番をしながら生きのびたユダヤ人の少年(といってもすでに亡くなられているが)の記録である。ケルンの裕福な家庭に育つ小学生は両親と共にポーランドのワルシャワにあるゲットーへと送られ、そこで父を亡くす。次いでアウシュヴィッツへ移送され、別れ別れになった母はガス室に消えた。最後には、ブーヘンヴァルト強制収容所への「死の行進」を生きのび、終戦を迎える。そして少年は米国に渡る。

同じ時期にケルンから追放された2011人のうち生きて終戦を迎えたのはわずか23人だけだった。二度とドイツを訪れることはないと決心していたが、2011年に強制移送70周年の記念式典に招待され、スピーチを行うことになる。その内容を涙なくして読める人はいないだろう。

過酷や凄惨という言葉では表しきれない状況を生きのびた。厩番というと平穏なイメージが浮かぶけれど、少しの間違いが文字通り命取りになる仕事だった。「運に恵まれた」ことは間違いないが、優れた機知の持ち主だったことが大きく幸いした。そんな話はつらすぎる、読みたくないと思われるかもしれない。確かに内容は暗いものだが、読後感は決して悪くない。ラストのスピーチもそうだが、コメディアンになりたかったという著者の、希望を忘れなかった生き様が素晴らしい。ぜひ、一人でも多くの人に読んでもらいたい。

『哺乳類の興隆史』が2冊目。これは、2024年に読んだサイエンスノンフィクションではベストワンの本だ。3億年前に哺乳類の祖先が爬虫類から枝分かれし、恐竜が跋ばっこ扈する時代を小型化でしのぎ、恐竜を絶滅させた小惑星の衝突を生き延び、ようやく爆発的に進化する。まさに『恐竜の陰を出て、新たな覇者になるまで』の歴史がコンパクト(といっても500ページくらいだけど)にまとめられている。

かつて哺乳類がはるかに多様だったということには驚かされた。マンモスは言うに及ばず、巨大なアルマジロや、上顎の犬歯がサーベル状になっていた剣歯虎(サーベルタイガー)、偶蹄目からクジラ目へ進化する途中のロドケトゥスなど、見てみたい動物がめじろ押しだ。しかし、哺乳類の多くはすでに絶滅してしまっていて、それにはホモサピエンスの出現と繁殖が大きく関わっていると知ると、なんだか申し訳なくなってくる。

気鋭の進化生物学者ブルサッテが、化石資料やDNA解析を縦横無尽に繰り出しながら快刀乱麻のごとく説明してくれるのが痛快だ。前作の『恐竜の世界史 負け犬が覇者となり、絶滅するまで』(みすず書房)も劣らぬ面白さなので、そちらもぜひに。

3冊目は、ちょいと古くて2023年の刊行だが、町田康の『口訳 古事記』を。3冊目と書いたけれど、実際にはAudibleで聞いた。死ぬほどおもろかった。以上、で説明を終わってもええくらいおもろかった。何度、思わず吹き出してしもうたことか。

古事記というと、やたらと神様がたくさん出てくるし、その名前は漢字の長い羅列である。それだけでうっとうしくなるが、聞いているとそんなことはほとんど気にならない。それに、多くの神様はストーリーに関係なくて、あんまり活躍せんのである。そんなこんなで、この本は耳からの方がええのとちゃうやろか。書籍版は読んでへんからようわからんけど、朗読の間の取り方も抜群やし。

古典と町田康といえば『池澤夏樹=個人編集 日本文学全集』の『宇治拾遺物語』もムチャクチャおもろかったなと思い出した。検索してみたら河出書房新社から出とるやん。もう一冊、町田康ついでに、昨年刊行の『入門 山頭火』(春陽堂書店)も。「分け入っても分け入っても青い山」とか「どうしようもないわたしが歩いている」などが有名な自由律の俳人・種田山頭火についての文芸エッセイである。本当に山頭火という人がそんな人であったのかという疑問が残らぬわけではないが、なんせおもろい。

ということで、自由に3冊を押し売りしたく存じまする。組み合わせがちょっと奔放すぎるかもしらんが、町田康ほどではないわいな。ということで、さいなら~。

今月の押し売り本

アウシュヴィッツの小さな厩番
ヘンリー・オースター(著)、デクスター・フォード(著)、大沢 章子(翻訳)/新潮社発行
価格:2,310円(税込)
発刊:2024/8/9
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今月の押し売り本

哺乳類の興隆史――恐竜の陰を出て、新たな覇者になるまで
スティーブ・ブルサッテ(原著)、黒川 耕大(翻訳)、土屋 健(監修)/みすず書房発行
価格:4,290円(税込)
発刊:2024/7/18
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今月の押し売り本

口訳 古事記
町田 康(著)/講談社発行
価格:2,640円(税込)
発刊:2023/4/26
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仲野 徹

隠居、大阪大学名誉教授。現役時代の専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。
2017年『こわいもの知らずの病理学講義』がベストセラーに。「ドクターの肖像」2018年7月号に登場。

※ドクターズマガジン2025年1月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。

仲野 徹

<押し売り書店>仲野堂 #36

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