記事・インタビュー
Episode3 子どもたちに噓は通用しない
小児がんの在宅緩和ケアに本格的に関わるようになったのは4年前。千葉市での訪問診療を担当するようになってからだ。
東京には小児在宅医療の専門クリニックがある。私たちのような一般の在宅療養支援診療所に小児在宅医療の依頼が来ることは多くはない。
また、依頼されるとしても状態の安定した良性疾患(筋ジストロフィーや出生時低酸素脳症など)、多くは家族のケア対応力が高く、病院の専門医のバックアップがついている。
在宅医の仕事は、在宅での医療機器の管理支援、そして長い関わりの中で、子どもの発育にも配慮しつつ、家族全体のレジリエンスを高めていく。そんな生活モデル的な介入が中心となる。
しかし、千葉には小児在宅医療の専門クリニックはない。
だから小児がんのような難易度の高いケースも私たちがその任を担うことになる。
関わるからにはきちんと責任を果たしたい。心強いのは小児在宅ケアの経験豊富な訪問看護ステーションの存在だ。私たちは訪問看護師と連携しながら、24時間体制で患者と家族を見守る。
小児のがんに対する在宅医療は、良性疾患に対するものとは大きく異なる。
限られた予後の中で本人の苦痛を緩和する、小児の特性と家族介護力に配慮した医学モデル的介入が中心となる。同時に、「何よりも大切な存在」を失う運命を受け入れなければならない両親の苦悩にも対応していくことになる。
患者のほとんどが脳腫瘍の子どもたち。
脳腫瘍は小児において2番目に多いがんだ。全体の15%を占める。
小児がんの約半数を占める血液腫瘍は輸血や感染症対応など、高侵襲の処置の頻度が高く在宅復帰が難しい。それ以外のがんは頻度が低く、治癒が可能なものも増えてきている。
治癒を諦め、在宅医療に移行するケースの多くは脳腫瘍、特に膠芽腫(こうがしゅ)が中心となる。
脳腫瘍の治療は年単位に及ぶ。
学校は長期に休まなければならない。日常生活は大きく制限され、脱毛やムーンフェイスなどアピアランスも変化する。そして、その予後は厳しい。
子どもたちにはその病気が治らないこと、そう遠くない先に死が訪れることは告げられない。
しかし、みんなそのことを自ら悟り、そしてその運命を静かに受け入れていく。
大人たちのように、死にたくないとジタバタすることはあまりない。
子どもたちは何度も開頭手術を繰り返し、抗がん剤投与や放射線治療を受ける。
最初のうち、大人たちは「頑張って治そうね」と子どもたちを励ます。
しかし、次第に子どもたちが「治らないのは分かっている。僕は大丈夫だから」と周囲の大人たちを励ますようになる。
僕はお母さんのことが心配だ。
僕が死んだ後、お母さんが苦しまないでいられるようにしてほしい。
そんなことを8歳の男の子に頼まれたことがある。父親の母親に対するDVが問題になっていた家庭だ。
彼の最期の言葉は「お母さん、大丈夫だからね」だったそうだ。
呼吸を止めた彼の横顔には、一人の男としての精悍さがあった。
どんなに小さな子どもも、旅立つまでの短い時間に人として成長する。
その過程のどこかで、自分の親を追い越し、主治医を追い越し、そして大人たちよりも先にゴールに到達する。
歳を重ねても成熟できない大人たちを見ていると、人生にはその長さよりも大切なものがあることを思い知らされる。
子どもたちに嘘は通用しない。
だけど僕たちは医師として、周囲の大人たちの都合を優先しながら、子どもたちに真実を語ることなく、その身体的な苦痛のみを緩和しながら、子どもたちの急成長を見守る。
自分たちよりも大きくなった子どもたちに人生とは何なのかを教えられ、そしてその子たちの永遠の旅立ちを見送る。
小児のがんに対する在宅医療の奥行きは、高齢者や大人のがんよりも深く、そして、後味の悪さを残さない気がする。
それも子どもたちの僕たちに対する気遣いなのか。
※ドクターズマガジン2023年12月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
佐々木 淳 ささき じゅん
医療法人社団 悠翔会 理事長・診療部長/内閣府規制改革推進会議 専門委員(医療・介護・感染症対策)
1998年筑波大学医学専門学群を卒業後、社会福祉法人三井記念病院の内科研修医になる。消化器内科に進み、おもに肝腫瘍のラジオ波焼灼療法などに関わる。2004年東京大学大学院医学系研究科博士課程に進学。大学院在学中のアルバイトで在宅医療に出合う。「人は病気が治らなくても、幸せに生きていける」という事実に衝撃を受け、在宅医療にのめり込む。2006年大学院を退学し在宅療養支援診療所を開設。2008年法人化し、現職。2021年内閣府規制改革推進会議専門委員。現在、首都圏ならびに沖縄県(南風原町)等にクリニックを展開し、約8100人の在宅患者に24時間対応の在宅総合診療を提供している。
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- Episode1:本当に大事なものは何か
- Episode2:ポテンシャルと選択肢
- Episode3:子どもたちに噓は通用しない ※今回
- Episode4:「言葉を発しない」という意思表示
- Episode5:無力感からの願い
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