記事・インタビュー

2024.01.25

<押し売り書店>仲野堂 #24

仲野先生

大阪大学名誉教授
仲野 徹

#24
都築 響一(著)/青幻舎発行
立野井 一恵(著)/エクスナレッジ発行
土門拳(著、写真)/クレヴィス発行

まいど、ご愛読ありがとうございます。おかげさまで連載二周年を迎えることができました。これも皆様のご贔屓のおかげだす。ということで、出血大サービス。写真集『ラブホテル』から!

こんな本を買うつもりじゃなかった。でも、買ってしまった。いま頃珍しく、サイン本でもないのにビニ本状態で売られていた。ビニ本、死語ですな。『三省堂国語辞典から消えたことば辞典』(三省堂)でチェックしたら、第4版と第5版に載っているだけなので、1998年に登場して2011年には消えている。えらい短命やん……。ちなみに「びにほん」やとばっかり思っていたのに「びにぼん」と濁ることを知ってびっくり。どうでもよろしいけど。

この写真集、2001年に『Satellite of LOVE ラブホテル・消えゆく愛の空間学』として刊行された本の文庫化である。すでに20年前に「消えゆく」と危惧されているのだから、紹介されたラブホテルのほとんどはすでに消滅してしまっているだろう。

「円形ベッド、鏡張りの壁や天井、虹色のシャギー・カーペット……日本人の血と吐息を桃色に染めあげる、禁断のデザイン・エレメントのほとんどすべてが、ここにある。」知る人ぞ知る、風俗を語らせたら右に出る者のない編集者・都築響一の前書き「ラブホの夢は夜ひらく」にそそられまくってしまうではないか。

「クリエイティブな遊びごころにあふれたラブホテル」が消滅に突入していったのは、インテリアが若い客層に受けなくなったこと以上に、1984年に大幅改正された「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」、いわゆる「新風営法」によるものらしい。回転ベッドとか、寝室と浴室を仕切るシースルーの壁とか、鏡張りの部屋など「宿泊するという本来の目的のために必要ない設備」の建物が、宿泊施設ではなく風俗営業の範疇におかれるようになったためだ。いやぁ、知らんかった。

この写真集を見ると確かに、何で宿泊するのにこんなもんがいるねん、というものが満載で笑えてくる。ベッドだけでも、円形のみならず、屋形舟型、自動車型とか、すごくバラエティーに富んでいる。もちろんお風呂もけっこう多様性が高い。すっかり忘れていたけど、外観もすごいのがたくさんあったなぁ。さすがに感動まではせんけど、感心ぐらいまでは十分いきますな。

行きつけの書店である大阪梅田の紀伊國屋書店グランフロント大阪店でこの本を見つけた。二冊目に紹介する写真集が出版されたと知って買いに行ったときのことだ。その隣に、買ってくれろといわんばかりに面陳されていたのが『ラブホテル』である。さらにその横には『ラブホテル』と同時に出版された『秘宝館』も置いてあった。どちらもビニ本状態だが、ともに一冊だけは中を見られるようになっていた。

『ラブホテル』は、ちょい恥ずかしいけど買うことを即決。でも、店員さんに知られるのが恥ずかしいからセルフレジにした。『秘宝館』の方がタイトルはマイルドに思えるかもしらんが、写真があまりにすごすぎるので却下。帰宅してアマゾンを見ると、豪華箱入り「『秘宝館』『ラブホテル』特装版 ㊙BOX 全2冊」が売られているので、ご興味がおありの方はセットでどうぞ。

次に紹介する『日本の最も美しい図書館』は、以前の版から欲しかったのだが、少し古くて、石川県立図書館のような新しい図書館は載っていなかった。なので、改訂版が出たと聞いてそそくさと書店へ赴いたのである。期待に違わぬ本だ。図書館はどこも入場が無料なので、旅や出張の途中、すきま時間にぶらっと訪れるのに最適である。そのためのガイドブックに重宝しそう。

写真集つながりでの三冊目は、大好きな土門拳の『風貌』をお薦めしたい。故郷の山形県酒田市には、名建築家・谷口吉生が設計した土門拳記念館が設立されているほどの大写真家である。『室生寺』、『古寺巡礼』、『東寺』、『筑豊のこどもたち』など他にも素晴らしい写真集が出ているが、ここは『風貌』をイチオシしたい。

明治・大正・昭和生まれの文化人の肖像写真132点とそれに添えられた短い文章だが、被写体の心までが写し取られているようだ。赤痢菌を発見した志賀潔からは赤貧洗うがごとしの雰囲気が伝わってくるし、シャッターを切ろうとしない土門に椅子を投げつけたという梅原龍三郎の表情は怒りに満ちていて恐ろしい。いやぁ、レベルが違いますで。

ということで、たまには写真集でも眺めてほっこりしてください。ラブホ写真でほっこりできるかどうかは知らんけど。ほな。

今月の押し売り本

ラブホテル
都築 響一(著)/青幻舎発行
価格:2,530円(税込)
発刊:2023/9/22
Amazon

今月の押し売り本

日本の最も美しい図書館-改訂版
立野井 一恵(著)/エクスナレッジ発行
価格:1,980円(税込)
発刊:2023/10/3
Amazon

今月の押し売り本

土門拳の風貌
土門拳(著、写真)/クレヴィス発行
価格:2,970円(税込)
発刊:2022/3/30
Amazon

仲野 徹

隠居、大阪大学名誉教授。現役時代の専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。
2017年『こわいもの知らずの病理学講義』がベストセラーに。「ドクターの肖像」2018年7月号に登場。

※ドクターズマガジン2024年1月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。

仲野 徹

<押し売り書店>仲野堂 #24

一覧へ戻る