記事・インタビュー

2019.12.04

<医師×海外赴任>新たな舞台への挑戦 カンボジアで格差のない医療を目指す【後編】

「日本版 離島へき地プログラム(Rural Generalist Program Japan)」を立ち上げ、海外、とりわけ途上国での医療従事や研鑽のサポートに力を注いでいる合同会社ゲネプロの齋藤 学先生と、カンボジアにある「サンライズジャパン病院プノンペン」で活躍中の岡和田 学先生が対談。
東京とプノンペンをテレビ電話で繋ぎ、カンボジアの医療事情や新たな舞台に挑戦する意義などに話が弾みました。海外(留学・赴任)に興味のある医師はもちろん、キャリアに迷っている医師や、新たなキャリアに挑戦したい医師にも必読の内容です。
【前編】【後編】の2回にわたって紹介していきます。

自立・維持・存続のために欠かせない売上への貢献

齋藤:岡和田先生はカンボジアでも日本にいたときと同じように臨床、教育、研究という3本柱を続けているわけですが、それができるのはすごいことだと思います。

岡和田:それ以外にも、「売上に貢献する」ことも重要な仕事になります。給与や病院の存続にも関わってきますから、病院の売上は欠かせないものです。ですから、患者さんを増やすために講演などのプロモーション活動にも密に関わっています。

これまで「恵まれない国だから」と与えられていた環境から、いずれは自立して、自国の医師やスタッフたちで病院を持続させていく必要があります。こちらの医師たちから、「なぜ先生たちはそんなに一所懸命に働くんですか」と言われますが、彼らが自立し病院を維持していくためには、日本人医師たちが「働く手本」として背中を見せることも重要な役割なんです。

齋藤:医師としてのあるべき姿を見てもらいながら日本式の教育を提供し、将来はカンボジアの医師たちが岡和田先生の役割を担い、カンボジア人自身の手で病院を継続して運営できる仕組みを考えているわけですよね。ちなみに、カンボジアの医師のレベルや雰囲気はどうですか?

岡和田:カンボジアの若手医師たちは非常に優秀です。カンボジア国内には医学部が4つありますが、授業は英語とフランス語で行われていますので、国外へも進出しやすいです。一度国外へ出てから母国に貢献するために戻ってくる医師も多いです。

しかし、国立病院などでポジションを得るには、いわゆるトップの医学部を卒業し、公務員としてのキャリアを積まないと難しいようです。この仕組みに疑問を抱く医師は多く、将来的には変わってほしいと思います。医師たちのモチベーションは高く、仲間意識があり、人付き合いも非常にいいですよね。

齋藤:確かに、カンボジアの医師たちはチームワークがとてもいいという印象があります。

岡和田:たとえば、こうした取り組みをしたいと言うと、そのためにはどうしなければいけないかをみんなで考えてくれます。ただ、競い合って我先にという意識があまりないんですよね。マニュアル通りにはできるのですが、未経験な事柄に対しては誰かが教えてくれるまでは手を出さない。「経験したことがないので無理です」という雰囲気を前面に出してくるんです。ですから、本人の希望や過去の経歴を聞き、経験していない医療を早く教えて、常にフォローをしながらどんどん実践させるようにしています。

齋藤:カンボジアに赴任して2年近くが経とうとしていますが、どのような手ごたえを感じていますか?

岡和田:患者数がとても伸びています。今まで国外の病院に行っていた人がこちらに流れてきていることを実感していますし、いろんなところで私が宣伝されているので、町を歩いていると声をかけられることもあります。講演会やレクチャーにも、声が多くかかるようになりました。講演会では、小児の栄養や風邪を引いたときの対処法といった住民向けのベーシックなことから、医師向けの専門的なことや腹腔鏡手術のレクチャーも行っています。

齋藤:カンボジアの現地の人々や土地の実情に合わせたレクチャーは難しくないですか? たとえば小児の栄養について、この食材を食べたほうがいいと指導する際は、日本にあるものではなく現地にある食材で教える必要がありますよね。

岡和田:そのとおりです。小児科は、患者は子供ですが説明をするのは親たちなので、こちらに来て最初に要望したのは、「子育て経験のあるベテランの看護師が一人ほしい」ということでした。実際に今、私とチームを組んでいる看護師は希望どおりの人材で、その看護師から、子どもに勧めるならこの食材であるとか、地元のマーケットに行き、この食材はどういうものなのかなど、いろいろと教えてもらいました。

齋藤:今度、私がやっている「ゲネプロ」の研修プログラムで数名の医師がカンボジア研修に行くのですが、どのような経験をすることができますか。また、どんな経験をさせたいと思っていますか?

岡和田:私たちの病院に来てくれる患者さんは裕福な方が多いのですが、もちろん、そうではない方も多く来ます。こちらでしか診ることができない病気もありますし、週に一度、公立病院に行って研修医への指導もしているので、そちらにも参加してほしいと思っています。経済的に発展しているカンボジアの最先端の医療と、底辺で問題になっている多くの医療課題の両方を知ってもらい、こうした特殊な医療環境で自分に何ができるのかを考え、いろいろと体験してほしいですね。

医師の評価は経験と資格の多さ
自身のセーフティネットも確保すべし

齋藤:海外で医療行為をするには医師免許の問題がありますが、カンボジアではどうでしょうか?

岡和田:カンボジアは、規定の手続きを踏み、条件さえ合えば、日本の医師免許が有効となる数少ない国です。「サンライズジャパン病院プノンペン」は日本の経済産業省とカンボジア政府との共同プロジェクトでもあるため、ここで働くことが前提であれば、日本の医師免許とペーパーワークだけでカンボジアの医師免許が取得できます。カンボジアの医師免許を持っていれば、カンボジア国内の病院に指導に行くことも可能です。

齋藤:海外の病院に赴任をする際に注意しておくべきポイントはありますか?

岡和田:日本にいる間にできるだけたくさんの資格を取っておいた方がよいと思います。海外では医師の評価として、これまでどういう経験をしてきて、どれだけの資格を持っているのかが非常に重要になります。また、海外赴任後も、それらの資格を維持できるかどうかも重要です。私は外科や小児外科の指導医資格も取得していたので、カンボジアで経験した手術も専門医資格維持のためのポイントとしてカウントされます。海外で働く際は、学会ごとに症例経験がカウントされるのかどうかを調べた上で行かないと、気が付いたときは資格失効になっている可能性もあるので、注意が必要です。

齋藤:重要なことですよね。それと、岡和田先生はカンボジアにいる現在でも、順天堂大学の医局と繋がっていますよね。これも新しいことに挑戦する際のセーフティネットという面で非常に大切なことだと思いますが、いかがですか?

岡和田:そうですね。私が「サンライズジャパン病院プノンペン」に行きたい旨を医局に相談した際、何かあっても路頭に迷わないようにと、非常勤講師として大学に籍を置かせてくださいました。相談したときに応援していただけたことは嬉しかったですし、家族にとっても大きな安心となっています。そういう関係性をつくっておくことも非常に大事だと思いますね。こちらで難しい症例に遭遇したときなどは教授に気軽に相談していますし、最近でも2、3日に一回くらいはメールをしている関係です。

目標を立てて一歩を踏み出せばチャンスはおのずと広がる

齋藤:将来のキャリアに悩んでいる医師や、やりたいことはあるのだけども一歩を踏み出すことに躊躇している医師もいると思います。岡和田先生はこれまで米国留学、MBAの取得、そして選手と監督を兼ねたプレイングマネジャーを経験し、さらにカンボジアに赴任したりと、新たなことに挑戦し続けています。キャリアに悩んでいる若手医師に、何かアドバイスがあれば聞かせてください。

岡和田:私は毎年、年末になると自分のキャリアの5ヶ年、10ヶ年計画を立てています。その目標を達成するための挑戦ですので、自分の中ではほとんど迷いなく行動してきました。ですから、最終的に挑戦するかどうかは家族の判断が重要なポイントでした。

新たなキャリアを歩んだり、挑戦したりすることに躊躇している方は、まずは一歩踏み出してみることが大事かなと思います。そうすることで、共感する人が現れ、やがて前に進むために障害となっていた問題や課題を解決し、サポートしてくれる人が自分の周りに集まってくるようになります。そうしてどんどんチャンスが広がり、新たな挑戦もしやすくなるはずです。

齋藤:臨床医として海外で働くことにハードルを感じている医師もいるかと思います。

岡和田:海外赴任はハードルが高いと思われている方もいるかもしれませんが、現地に行けば、医師として普段からしている事と基本的には変わらないんですよね。

齋藤:海外にいるのではなく、都市部と地方の関係というか、少しだけ離れたところにいるみたいなイメージでしょうか。

岡和田:そうですね。今の時代はインターネットを通してさまざまなことを遠隔で行うことができます。齋藤先生ともこうしてテレビ電話で普通に会話できるくらいですから、遠くにいるという感覚はないですね。こっちに来て何が変わったかというと、場所だけなんですよ。海外に来て違うことをやっている意識は全くありません。

齋藤:岡和田先生が考えている、これからのアジアの医療の展望があれば聞かせてください。

岡和田:日本式のきめ細かく丁寧で高度な医療を、医療資源の乏しいアジアの国々に輸出し、それを広めていくことで格差のない医療を実現できればと思います。また、教育者としてこれまで経験したことをカンボジアの若手医師たちにバトンタッチすることも大切な役目です。カンボジアの大学には主要な医学部は4つしかないので、教育体制の充実した医学部を新しく創りたいという展望もあります。

齋藤:カンボジアに来て得られたことは大きいと思いますが、今後のキャリアとして新しく挑戦したいと考えていることは何かありますか?

岡和田:カンボジアでの経験を通して、新たな知識や技術の習得だけでなく、視野も広くなり、人との繋がりが増えたことは大きな収穫です。小児外科以外にも2020年の外科学会では海外で働く医師として発表の機会を頂くなど、キャリアが大きく前進していることを実感しています。今後については、カンボジアに残るという選択肢もありますが、日本にもう一度帰って、ここで得た経験を活かしながら、医学教育の分野に進んでみたいという気持ちも大きくあります。

齋藤:最後に、医学生や若手医師たちにメッセージをお願いします。

岡和田:医師人生は一度きりです。医師として生き残るために新たな挑戦やキャリアを積むだけでなく、医師人生を後悔しないためにも目標をしっかりと立て、自分のしたい医療に思いきりチャレンジしてください。

齋藤:カンボジアからありがとうございました。

 

<プロフィール>

齋藤 学

齋藤 学(さいとう・まなぶ)
合同会社ゲネプロ CEO・救急医

千葉県生まれ。2000年、順天堂大学卒業。沖縄県浦添総合病院、鹿児島県徳之島徳洲会病院などで救急医として活動し、在宅医療、離島医療も経験する。2015年、離島やへき地の医師不足解消を目指して「合同会社ゲネプロ」を創設。2017年4月から離島やへき地、海外や途上国での医療従事や研鑽をサポートする「日本版 離島へき地プログラム(Rural Generalist Program Japan)」の提供を開始。

››› 合同会社ゲネプロ

 

岡和田 学

岡和田 学(おかわだ・まなぶ)
(医)KNIグループ所属
サンライズジャパン病院プノンペン 小児科部長

福島県生まれ。2002年、順天堂大学卒業。順天堂大学病院で小児外科・小児泌尿生殖器外科の研鑽を積み、2008年から3年間、米国ミシガン大学小児外科へ留学。2014年4月から2016年3月の2年間、東日本大震災で被災した福島県浪江町の仮設津島診療所の医師として貢献。2016年、早稲田大学大学院経営管理研究科入学(経営学修士MBA)。2017年12月よりKNIグループが手がけるカンボジアのプノンペン市にある「サンライズジャパン病院プノンペン」の小児・小児外科科部門の立ち上げに従事。

››› サンライズジャパン病院

齋藤 学、岡和田 学

<医師×海外赴任>新たな舞台への挑戦 カンボジアで格差のない医療を目指す【後編】

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