記事・インタビュー
東京医科大学 脳神経外科学分野
主任教授
河野 道宏
遠く以前は「お医者様」と呼ばれた医師も、現在では尊敬されることよりも、マスコミの格好の批判対象となることが多く、むしろ患者に「様」がつく時代である。昨今、欧米に追随する形で、日本においても医療訴訟件数の増加が見られている。さらには、民事にとどまらず、刑事事件として扱われるケースすら、少なからず見聞する。これらの流れは、医療関係者を治療に積極的に介入することから遠ざけ、引き気味の姿勢、すなわち、「医療の萎縮」を生み出すことは、繰り返し指摘されてきたことである。訴訟の多くは、結果が思ったものと違ったものになったということが直接の要因であろう。しかし、実際に医療ミスがあったかどうか以外に、患者サイドへの説明不足、コミュニケーション不足に起因する、患者側と医療側の感情のすれ違いが間接的要因となっていることも多く指摘されている。また、マスコミにより、病院のランクづけが常に行われており、患者側からみて、安心で居心地の良い病院が選ばれる時代に突入している。我々医療者は「選ばれる側」にあり、すでにその目線を無視して通ることはできなくなっているのである。
そういう時代であるからこそ、患者とのコミュニケーションはよりいっそう重要となっている。それでは、どうしたら患者と良好なコミュニケーションが取れ、また、患者の目線からみて満足度の高い医療が提供できるのであろうか? その答えは誰もが容易に答えられるものであろう。すなわち、自分が「患者の身になってみる」ことである。しかし、設備的(資金的)、時間的制約から、実現できるかどうかはケースバイケースとなろう。
特に資金を必要とせずに、患者の満足度を上げる方法はいくらでもある。「患者の立場になってみて、受けたい医療を提供する」ために、自分が患者であったらどのようなことを考えるであろうか。①情報が十分に公開されていること②初診のアクセスがしやすいこと③外科系であれば、手術前の説明は執刀医から受けたい④手術直後は執刀医も何度か様子を見にきてもらいたい⑤術後管理にも執刀医が責任を持ってもらいたい⑥退院後の外来通院も、可能な限り執刀医にお願いしたい⑦何か異変を感じた時に執刀医チームに連絡を取って相談できるシステムがほしい、などが挙げられる。これらに対する解決策は、時間的制約が多少かかる可能性はあるものの、資金的な問題はほぼ全くないといってよい。①に対しては、その科の、あるいは執刀医のホームページがあれば、そこにこれまでの執刀実績や成績、治療方針などを入れ込めば済むことである。②は通常の現役医師であれば、術前の初診患者の窓口として、また、術後の患者を診るためにも、週に2回は外来に出ているべきであろう。③はほとんどの心ある医師は行っているはずであるが、そうでない場合は、術後経過が思わしくない時など、それがコミュニケーション不足によるすれ違いの原因となり得ることは容易に想像可能であろう。執刀医は時間を作って、自ら患者に手術の説明を行うべきである。④は、医師の主義や手術の軽重によっても差はあると思われるが、命に関わるような大きな手術(脳神経外科・心臓血管外科など)の後は、できれば執刀医は病院に泊まって、患者の観察に少なくとも数回は足を運ぶべきであろうと考えている。⑤⑥も本来は当然のことである。⑦は、医師によっては、プライベートの時間まで患者に割けないとする考え方も当然あるであろう。しかし、自分の執刀した患者にメールアドレスを公開し、非常時に相談に乗ることは、患者サービスの一環の範疇内と考えている。筆者の場合は、上記の全ての項目については、15年以上前から実践してきている。
当教室では、「患者に優しい医師」、「Co-worker たちとチームワークが取れる」「勤勉で真面目な医師」であることを教室のスローガンとし、特に「患者にやさしい」を最重要視してきた。患者に「様」をつけることが優しいのではなく、優しい対応、心遣いを実践することを、チームのテーマとして取り組んでゆくことが重要と考えている。
こうの・みちひろ
1987年浜松医科大学卒業後、東京大学医学部脳神経外科に入局。茨城県立中央病院、富士脳障害研究所附属病院、東京警察病院などを経て、2013年より現職。聴神経腫瘍・小脳橋角部腫瘍・頭蓋底髄膜腫に対して、全ての頭蓋底手術アプローチと厳重な術中モニタリングを駆使して極めて良好な手術成績を挙げている。
※ドクターズマガジン2015年9月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
河野 道宏
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