記事・インタビュー
北里大学医学部公衆衛生学 助教
江口 尚
近年、いわゆる難病については、治療技術の進歩により、多くの難病が日常生活の中でコントロールできる慢性疾患となっている。そのため、難病患者は増加傾向にあり、就業年齢にある難病患者数はすでに40万人を超え、その45%が実際に就労しているとの報告がある。一方で、難病患者が治療を継続しながら働き続けることが課題となっている。
2014年5月に難病の患者に対する医療等に関する法律が成立し、2015年1月に施行予定である。この法律は、わが国の難病患者支援において、難病患者の医療費の自己負担の軽減といった点だけではなく、難病患者の社会参加への社会的な関心を高める点でもとても重要な役割を果たすものである。その法律の中で、「難病の患者に対する就労の支援に関する施策」が明記され、難病患者の就労支援が重要な政策課題として取り上げられることとなった。また、難病患者の多くが就業年齢に達した後に発症していることから、就労支援だけではなく、就労継続支援も同様に重要である。
難病患者の就労に関しては、これまで、就職や転職の際に、「難病患者であることを会社に伝えるか、否か」についての議論がなされてきた。患者にとっては、病名を会社に伝えた上で、会社から、体調に応じた就業上の配慮を受けて就業を継続できることが最も望ましい形であるが、多くの難病患者には面接の段階に病名を伝えたことで、担当者の態度が変化して採用されなかった経験があり、病気のことを伝えずに就職・転職しているケースが多い。また、ハローワークや大学のキャリアセンターでも、就職の際に、病名を伝えないようにアドバイスをしている場合もある。そのため、病名を伏せて就職した難病患者の中には、一定の就業上の配慮があれば安定して働けるにも関わらず、適切な就業上の配慮が受けられないために、体調が不安定になり、勤怠が乱れ職場に居づらくなり、退職を余儀なくされてしまっている患者もいる。
こういった現状を踏まえて、難病を持ちながら働く労働者の就労支援について、先行するがん患者の就労支援の知見を参考に、難病患者が、病名を職場に伝えた上で、適切な就業上の配慮を受けて、就労を安定して継続できる環境を作るために、臨床医の先生方にできることを考えてみたい。
一点目は、難病患者の仕事に関する情報を十分に集めることである。具体的には、職種(会社員、自営業、パートなど)、具体的な業務内容(デスクワーク中心、肉体的な負担の大きい仕事の有無〈立ち作業、重量物運搬、出張の有無など〉)、勤務形態(週当たりの勤務日数、勤務曜日、夜勤の有無、勤務時間など)、通勤(通勤時間、距離、通勤手段など)、職場環境(職場に対する病気の開示状況、職場の上司や同僚の病気への理解、現在の就業上の配慮・ストレスの状況、休憩の取りやすさ、時間外労働時間など)などに関する情報を収集することをお勧めしたい。
二点目は、難病患者に就業上注意が必要な点について説明をすることである。残業時間の制限が必要か、肉体的に負担の大きい仕事には制限が必要か、高所作業や切削器具やプレス機器の取り扱いなど危険作業の制限が必要か、などについて、難病患者から収集した仕事に関する情報を踏まえ、できるだけ具体的にアドバイスをすることである。
三点目は、難病患者が、職場の理解を得るためのアドバイスである。難病患者に対するインタビュー調査で、職場に対してどのように説明をしたら良いか分からない、自分の状況についてうまく言語化できないという意見があった。職場に産業医がいる場合には、産業医に対して、職場(上司・同僚・人事担当者)に対する病状の説明を依頼したり、産業医がいない場合には、職場の方に受診に同行してもらうことを難病患者に提案し、主治医が直接説明をする、という対応もできるだろう。そのような対応をすることで、難病という言葉に対する、職場の過剰な反応を予防することにもつながるのではないだろうか。
このように、難病患者の就労状況に主治医が関心をもって具体的なアドバイスをすることは、難病患者の就労支援を行っていく上で、とても重要なことだと感じている。今後、難病患者の就労支援について、臨床医や産業医の関心を高めていくために、研究会の開催や、調査、研究活動をしていきたいと考えている。
参考資料「がん患者の就労支援に役立つ5つのポイント」
http://fi rst.cancer-work.jp/wp-content/uploads/2011/10/5point.pdf
※ドクターズマガジン2015年2月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
江口 尚
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