記事・インタビュー
外務省 診療所長 仲本 光一
外務省 福利厚生室 上席専門官 猪瀬 崇徳
本稿は所属する組織から資料提供を受けていますが,基本的には個人の見解です。
なお,仲本氏の肩書きは連載開始当時のものであり,現在仲本氏は退職しております。
1. はじめに
これまで,外務省医務官についての基本的な業務について述べてまいりました。第2話では,そうした基本的な業務を超えたさまざまな活動の実際に触れ,医務官として働くことの楽しさについてご紹介いたしました。「外務省医務官として働く」と題したこの連載は,本稿で締めくくることとなりますが,本稿では,外務省医務官として在外公館で活躍するために求められる知識や技術について,また,医務官としてのキャリアプランの実際についてご説明させていただこうと思います。
2. 医務官として働くために必要なこと
令和元年5月現在の現役医務官の専門分野を図1にまとめました。医務官によっては複数の専門知識を有する者もおりますが,1名につき代表的な1つの専門分野をまとめました。もともと全科対応,総合診療を行うことも多い内科,外科を専門とする医務官が多数を占めておりますが,海外におけるメンタルヘルスの重要性を鑑み,昨今では精神科医も増加傾向にあります。現状は数少ないものの,眼科や皮膚科等を専門とする医務官もおり,世界中の医務官から具体的な症例の相談が集まっております。
図1.医務官の専門分野(人数)
前回までに述べてきましたとおり,医務官は多くの場合,たった一人で全ての医療事案に対応することを求められます。そのため,医務官公募において「臨床経験10年以上でプライマリ・ケアに対応しうる医師」を条件としております。プライマリ・ケアに対応可能であれば,その専門によって門戸を閉ざすものではありませんし,前述のとおり,ある特定の分野に専門性を持っていることは,非常に歓迎されるものです。医務官の相互ネットワークの中で,それぞれ自分の専門分野の相談に応じることで,専門外の知識を補完しあっています。
自分の専門をある程度確立し,在外公館に赴任した後には機会が限られてしまう臨床医としてのトレーニングをしっかり行ってから医務官を目指して欲しいという思いから,一つの目安として,臨床経験10年以上の医師を求めています。医務官の公募は欠員補充に基づくもので,必ずしも定期的に行われるものではないことも踏まえ,もし医務官として働くことに興味を持っていただいているとしても,医務官を唯一の目標点と定めるのではなく,まずはどこでも一人でやっていけるという臨床医としての独り立ちを目指し,研鑽を積んでいただいた上で公募のチャンスをお待ちいただくのがよいのではないかと思います。
医療アクセスが限られることも多い海外において,先に述べましたように,総合診療医としてのスキルは重要ですし,予防医学の実践は特に重要と言えます。在外医務官は,担当公館の健康管理医として,館員の健康を維持するための生活指導や労働環境への提言を行うことが求められており,産業医としてのスキルを身につけておくとよいでしょう。平成31年4月以降,働き方改革関連法が順次施行されたことにより,産業医の役割がより重要視され,外務省においても,在外公館勤務者も含め,長時間労働者に対する面接指導等をより強化しています。
また,気候風土や生活様式が大きく異なる海外においては,日本ではお目にかかることの少ない疾患を多く目にします。熱帯医学や寄生虫学の知識も大切です。医療・衛生事情に関する適切な情報収集やその解析には,公衆衛生学の知識を要しますし,国際医療協力についての知識を求められることもあるでしょう。さらには,前回も述べましたとおり,昨今は大規模災害やテロ等の緊急事態への対応に医務官が果たすべき役割も大きくなっているため,災害医療,法医学,バイオテロ対策,緊急医療搬送に関する知識を要します。
語学については,医療に関するやりとりや日常会話が可能な程度の英語を習得しておくことが最低限必要な条件です。各在外公館には,英語のできる現地職員が雇用されているため,英語圏以外の国においては,現地職員を介して情報収集や診療への同行を行うことが可能です。また,英語圏以外の国においても医師の多くは英語を解するため,医師とは直接英語でのやりとりが可能なことが多いです。とはいえ,英語圏以外の国では,現地語が使えたほうが圧倒的に情報収集の面でも生活の面でも有利なため,少なくない医務官が,現地語の学習を行っています。一定の条件を満たせば,語学研修に官費が支弁される制度も存在します。
現地医師たちとの交流。英語でのコミュニケーションが主となるが,多少でも現地語が使えるとより親密な関係を築くことができる。
3. 外務省入省後の専門医資格の維持
在外公館へ赴任した後,各医学系学会の認定する専門医資格を新たに取得することは,施設認定等の面を考慮しても,現実的とは言えません。一方で,図1のようなさまざまな専門を有する医務官の多くが,専門医資格を有した状態で医務官として採用されています。医務官の採用条件として,専門医資格の有無は必須のものではありませんが,今後,医務官の相互ネットワークの中で,一人の専門家として自分が対面する症例以外にも,各種相談を受けることになることを考えると,日本における多くの医師と同様,積極的に専門医取得を目指すべきと考えます。
しかしながら,海外に生活の拠点が移ることで,専門医資格の維持が難しくなることは明らかであり,医務官の公募に際し,「専門医資格の維持が難しくなるが,それで構わないか」という確認を行っています。これは,現状残念ながら,外務省として各医務官の専門医資格の維持を保証はできないという意味に過ぎず,多くの医務官は,休暇制度などをうまく利用し,一時帰国の機会などに必要な条件を満たすことを目指し,全部とは言わずとも,主たる専門医資格の維持に努めています。手術症例が必要な外科専門医については,専門医のままでの資格維持は難しく,手術症例以外の条件を満たせば更新できる「認定登録医」としての維持が現実的であり,筆者(猪瀬)も,外科学会,消化器外科学会認定の専門医資格については,入省後の更新時に「認定登録医」に移行しました。いくつかの資格については,更新を諦めました。
在外公館に有する医務室は,当然のことながら,日本における保険医療機関と同様の扱いにはなっておらず,医務室における症例への対応が,必ずしも学会専門医資格更新の条件としてカウントできない可能性があるのが現状です。そのため,平成30年1月に日本専門医機構を訪れ,外務省医務官としての勤務や症例の経験を学会専門医資格更新の実績として認めていただけるようお願いし,要望書の提出を行いました。その後9月に「公的機関において医師免許を元に専門的な仕事をされているため,当機構としては基本領域学会へ医務官の業務も診療実績としてお認めいただくよう依頼する」という回答を頂きましたが,最終的には各学会の判断による,というのが現状です。外務省としては,引き続き,医務官の専門医維持についての働きかけを行うつもりですし,医務官のネットワークの中で情報交換を行いながら,実際に多くの医務官が工夫して更新しておりますので,外務省に入省することで必ずしも専門医資格を失うものでは無いということを述べておきます。
4. 医務官としてのキャリアプラン
日本において医師としての勤務を続けていれば,出世のチャンスもあるでしょうし,かなり高い給与を求めることも可能かと思います。外務省においては,医務官は基本的には定年退職の日まで一医務官に過ぎません。また,給与の面では,国家公務員医療職(一)として規定された,公務員としての給与が支払われますが,これは本邦医療機関で医師に対して支払われている額を考えると,決して高いものではありません。これらの点から,肩書きや収入にこだわる方には,外務省医務官として勤務することはお勧めできません。待遇面のみを考えれば,日本国内により魅力的な仕事がいくらでもあると思います。
医務官としての勤務に際しては,その待遇面に過剰にこだわるのではなく,仕事自体への強い興味を持っていただいている方でなければ難しいのではないかと思われます。もちろん,海外勤務においては,給与のほか,在勤基本手当等が支給されますので,十分に生活可能だと思います。
世間一般で囁かれる「外交官の華やかな生活」や,「国際医療貢献」の現場の漠然としたイメージによって,在外公館での医務官としての勤務に誤解を抱いていると思われたケースも過去にあったため,医務官採用試験の面接時には「自分が前面に出ていくような国際貢献の仕事ではなく,裏方として内向きの仕事がメインである」という事項とともに,待遇面で必ずしも本邦医療機関勤務と比べて恵まれているものではないということを改めてご説明し,それでも医務官を目指したいかどうか,最終的な意思の確認を行っています。
5. おわりに
以上3回にわたって外務省医務官の仕事についてご紹介してまいりました。これまでに外務省医務官制度についてご質問を受けることの多かった内容を中心に,その概要をおおむねお伝えできたのではないかと考えております。令和元年度も複数回の医務官公募を行う予定でおりますので,ご興味のある方は適宜,文末の「外務省医療公募ページ」にアクセスをお願いいたします。詳細については,電話での問い合わせにも応じておりますので,本稿をきっかけに医務官という仕事に興味をもっていただけたなら,是非ご連絡いただければと存じます。本稿を通じ,医務官の仕事の魅力の一端でも皆様にお伝えできたならば幸甚です。
今後,新たな仲間に加わっていただける方を鶴首しながら,このあたりで筆を擱くことといたします。
(参考)
››› 外務省医療職公募ページ
››› 外務省「世界の医療事情」
<執筆者プロフィール>
仲本 光一、猪瀬 崇徳
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