記事・インタビュー

大阪大学名誉教授
仲野 徹
富士乃夜桜(著)/ごま書房新社発行
汪楠(著)、ほんにかえるプロジェクト(著)/K&Bパブリッシャーズ発行
堀江 貴文(著)、井川 意高(著)/幻冬舎発行
できるだけとんがった本を「押し売り」したいと思ってはいるんですけど、なかなか難しいんですわ。でも、今回はかなりでっせぇ。
1冊目は『獄食』を。獄食などという言葉は辞書に載っていないけれど、想像はつく。表紙にもあるように「監獄食 塀の中の食事」のことだ。著者は「読書と夜桜が好きなベテラン受刑者」「富士乃夜桜」氏だが、もちろんペンネームだろう。「世間を震撼させた極悪人、凶悪犯という輩が務める」LB級刑務所に30年以上服役していること以外はほとんど分からないが、相当な教養人だ。その無期懲役囚の経験に基づいた、塀の中の食事情についての本である。
麦食の入った物相(もっそう)、三つに仕切られたポリプロピレン製の平皿に盛られた副菜、汁物の一汁三菜が標準である。「物相」、ご存じであろうか。歌舞伎やら文楽やら以外で聞いたことはないが、入牢中の飯のことである。一日あたり主食97円、副菜423円の計520円と法律で定められているが、物価上昇や米の値上がりは大丈夫なんやろか。主食は作業量によって1200~1600キロカロリー、副菜は1020キロカロリーと、これも法律で決まっている。ただし、副菜のカロリーは内容によってもっと高くなることもある。
ギリギリのカロリー数なので、太っている者は皆無である。そして、タンパク質不足のせいか、長期受刑者の肌の色艶は悪い。生活習慣病対策で塩分はかなり抑えられているので、味は極薄。ただ、薄味には慣れてくるそうで、非常食として備蓄されている市販のみそ汁が供される時には「シャバネタ(社会の市販品)は、味が濃い、しょっぱい」となるそうだ。
富士乃夜桜氏が暮らす刑務所の食事は日本最低で、ゴミ、ドロ、クズ、エサなどと称されていた。献立や調理指導には裁量の幅があり、それは管理栄養士に委ねられている。日本最低だったころの担当者は「K子ちゃん」で、所内には給食委員会があって内容について要望を出せるのだが、ことごとく却下。見かねた所長が意見してくれても却下。しかし、著者が入所して18年にして配置換えがあり、新しくQちゃんが担当になった。K子ちゃん時代にはどんなにひどかったか、そして、それがQちゃんになっていかに劇的に改善されていったか。そこが、この本の最大の読みどころだ。
人気ナンバーワンメニューは、パン食の時の副菜である汁粉や煮豆といった「甘シャリ」である。祝日には菓子が供され、これも甘シャリと呼ばれて大人気。ただし、その予算が68円というのは厳しい。期限切れになる前に放出されるシャバネタの非常食は長期収容者にとってイベントレベルの喜びになる。といっても、銀シャリやレトルト食品というのが哀しい。
当然のことながら知らんことばっかりで、読んでいて驚きの連続でしたわ。といっても、いまひとつイメージが湧かないところもありますやろ。それを補ってくれるのが2冊目、書店で『獄食』と並んで売られていた本『刑務所ごはん』ですねん。
タイトルだけでは分からないが、受刑者200人にアンケート取材を行い、刑務所の食事を再現した写真集である。なんと、そのレシピまでついている。って、わざわざ作る人おるやろか…。獄食がいかなるものであるかが、文字通り一目瞭然。質も量も想像よりずっと貧弱である。朝になると服役者全員のおなかがグーグー鳴るというのも当然だろう。
この本では、「朝食」、「昼食」、「夕食」に引き続き、別立てで「パン食」が紹介されている。なるほど、評判がいいのが分かる。「ハレの日」であるクリスマス、お正月の菓子やおせちがいかに「豪華」であるかも納得だ。写真だけでなく、解説の文章もいい。ぜひ『獄食』と併読していただきたい。
3冊目はご存じホリエモンと、カジノ賭博への使い込みによる背任で収監された経験のある元大王製紙会長・井川意高の対談『東大から刑務所へ』を。当然ながらリアリティは抜群だし、さすが切れ者同士だけあって、話の内容はやたらとシャープである。刑務所間で食事の差がいかに大きいかなどといったところにも話は及ぶ。「ドンペリより運動後の麦茶のほうがうまい」といった、知っておいて絶対に損のない教えも書かれているのが素晴らしい。一度ぜひ比べてみましょう。
ほとんどの人には経験することのない話かもしれませんけど、3冊ともほぉ~っと感心して読める本であります。世界は広い、というのは、外国のことを意味するだけとちゃいますわ。常に心に好奇心、ということで、ほな。
今月の押し売り本

今月の押し売り本

今月の押し売り本

仲野 徹
隠居、大阪大学名誉教授。現役時代の専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。
2017年『こわいもの知らずの病理学講義』がベストセラーに。「ドクターの肖像」2018年7月号に登場。
※ドクターズマガジン2025年9月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
仲野 徹
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