記事・インタビュー
大阪大学名誉教授
仲野 徹
#22
神立 尚紀(著)/小学館 発行
吉村 昭(著)/新潮社 発行
高橋 団吉(著)/小学館 発行
我ながら、ホンマにいろんなジャンルの本を読んでるなぁと感心することがありますわ。今回は戦争関係、ミステリーを読むような面白さの一冊、『カミカゼの幽霊:人間爆弾をつくった父』からいきまっせぇ。
第二次世界大戦末期の神風特別攻撃隊は有名だ。人間爆弾・桜花は、それをさらに先鋭化させた、言い換えると、さらに人命を無視した非道なる人間兵器である。「母機である一式陸上攻撃機に吊されて敵艦隊の近くまで運ばれ、投下されれば滑空で飛行し、目標を見定めれば尾部に内蔵した三本のロケットに次々と点火して加速、そのまま敵艦に突入する」という神雷(じんらい)作戦。戦闘機と違って脱出装置も着陸装置もないのだから、母機から切り離されたが最後、搭乗員は絶対に生き残れない。
かくたる成果を上げることのできなかった神雷作戦だったが、繰り返された出撃での戦没者は計829人にのぼった。母機が低速でしか飛行できなかったこと、零戦などの護衛機が不十分であったことなどから、いかんともしがたい結果であった。米軍には、「Baka Bomb」(バカ爆弾)と呼ばれていたというから悲しすぎる。
桜花を発案したとされる海軍少尉・大田正一(おおたしょういち)がこの本の主人公である。後に桜花と名付けられる「人間が操縦するグライダー爆弾」のアイデアを初めて聞かされたとき、当時34歳だった東京帝国大学工学部出身の技術少佐、三木忠直は憤然として「なにが一発必中だ。そんなものが作れるか!」と首を振ったという。「体当たりというが、いったい、誰を乗せていくつもりだ」と問う三木に「私が乗っていきます、私が」と大田が気迫いっぱいに答え、この兵器が実現化していく。
しかし、大田は神雷作戦に参加するも、桜花はおろか母機にすら乗ることなく敗戦を迎える。そして3日後の昭和20年8月18日、軍服を脱いだ下帯姿で大田は練習機に乗り込み、茨城の神之池(ごうのいけ)基地から鹿島灘へ向かって飛び立つ。毛筆でしたためた「東方洋上に去る」という遺書を残しての自決飛行だった。
ここまでやったら、単なる戦記物ですわな。ところが、この本の主題はそこと違うんですわ。なんと、戦後も大田正一は名前を変えて生きていた、というところから話が始まるんです。どないです、わくわくしますやろ。
一部の海軍関係者の間では、大田の生存説は知られていたという。果たして、大田正一はいかにして生き残ったのか、そして、なぜ名前を変えて生きなければならなかったのか。さらに、「いまさらわしがほんとうのことは言えんのや。国の上のほうで困るやつがおるからな…」という、亡くなる3カ月前に大田が息子に言い残した言葉の意味は何なのか。家族や神雷部隊の同僚たちの証言が丹念に集められていく。
桜花はさておき、第二次世界大戦における日本の名機といえば、なんといっても、紀元2600年(昭和15年)を記念し、「0」をとって零式艦上戦闘機と名付けられたゼロ戦である。どうでもええけど、正式名称は「ぜろしき」ではなくて「れいしき」なんですけどね。
吉村昭の『零式戦闘機』は素晴らしい記録文学である。その開発から、性能、そして、いかにしてその弱点が暴かれて名機の座から滑り落ちていくのか。読んでおいて絶対に損のない一冊である。できることなら、その設計者・堀越二郎の『零戦その誕生と栄光の記録』(角川文庫)も併せて読めば盤石だ。
いまはコンピューターやシミュレーションを駆使して行われるのだろうけれど、昔の航空機の設計には独特の才能が必要だったのかもしれない。堀越二郎も三木忠直も、30代でそれぞれ零戦と陸上爆撃機・銀河を設計している。戦後、堀越は国産プロペラ旅客機・YS-11の設計に、三木は鉄道の設計に携わることになる。
たくさんの若者を桜花によって死に追いやってしまった三木は、戦後クリスチャンとなる。そして、「鉄道なら、そのまま直接兵器にはなりえないだろうと考えて、高速鉄道の研究をやろう」と決心した。その結果が、初代0系新幹線の先頭車両、あの団子鼻のフォルムだ。このあたりの経緯は『新幹線をつくった男 島秀雄物語』に詳しい。
科学・技術に善悪はない、その使い方が問題であるとよく言われますな。確かにそうなんですけど、切っても切れないつながりってありますわなぁ。そんなあたりも考えてもらえたら嬉しおます。ほな。
今月の押し売り本
今月の押し売り本
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仲野 徹
隠居、大阪大学名誉教授。現役時代の専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。
2017年『こわいもの知らずの病理学講義』がベストセラーに。「ドクターの肖像」2018年7月号に登場。
※ドクターズマガジン2023年11月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
仲野 徹
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