記事・インタビュー

大阪大学名誉教授
仲野 徹
#16
松村 圭一郎(著)/ミシマ社 発行
松村 圭一郎(編集)、コクヨ野外学習センター(編集)/黒鳥社 発行
木谷 百花(編集)、小川 さやか(著)、坂本 龍太(著)、石井 美保(著)、東 長靖(著)、宮本 匠(著)、風間 計博(著)、前田 昌弘(著)、岩谷 彩子(著)、藤原 辰史(著)、松嶋 健(著)、広井 良典(著)、山極 壽一(著)/世界思想社 発行
専門とは関係ないけど好きな読書ジャンルがいくつかあって、その一つは文化人類学でおます。たぶん、高校生時代に『知的生産の技術』(岩波新書)とかを読んで梅棹忠夫にかぶれたりしていたからでしょうな。ということで、今回紹介するのは文化人類学関係の三冊であります。
まずは松村圭一郎の『小さき者たちの』を。ちょっとへんちくりんなタイトルで、これだけでは意味がわからない。「はじめに」で松村は、「大きくて強くて多いほうがいい」と教えられてきたが本当にそうだろうかと問題を提議する。そして「いまこの瞬間も世界を支え、動かしているのは、教科書には載らない、名もなき小さな人びとの営みなのではないか。文化人類学を学び、エチオピアの農村に通いながら、ずっとそんな思いを抱いてきた」と続く。
しかし、この本が扱う内容はエチオピアの農村ではない。松村が生まれ育った熊本の水俣、天草、須恵村である。水俣がメインで、言うまでもなく内容は水俣病を巡る数々のエピソードだ。そして、天草と須恵村については、女性が虐げられ売られることもあった時代の話である。とはいえ、松村がフィールドワークで得た内容を記すのではなく、それらについての本を読み解いていく。
水俣では『苦海浄土-わが水俣病』で知られる石牟礼道子、父を水俣病で亡くし「水俣病患者への認定と補償を求める運動に身を投じ、のちにその訴訟から身を引き、独自の運動をはじめた」漁師・緒方正人、早い段階から水俣病は有機水銀中毒であることを主張した熊本大学医学部の医師・原田正純らの本から、怒りや慟哭に満ちた内容が紹介され、解説されていく。天草編はベストセラー『からゆきさん 異国に売られた少女たち』(朝日文庫)だが、「からゆきさん」という言葉を知る人もいまや少ないかもしれない。須恵村の内容は外国人文化人類学者による『須恵村の女たち 暮しの民俗誌』についてで、すでに絶版になっているが、宣伝文句には「ムラの女たちはどう生きたのか 日本農村研究の歴史的名著」とある本だ。
「はたらく」「おそれる」「いのち」「まじわる」と始まり、「いのる」「おとことおんな」「みえないもの」までの21セクションで、小さき者たちの生き方について深く重く考えさせられる。だが、14番目の「たりない」で松村は書く。「小さき者たちの営みを書物で読み、その声に耳を傾け、できるかぎり心を寄せながら想像してみる。でも、足りない。まったく足りない。『わかる』にたどりつくために、何をどうすればいいのか、それすらわからない」と。わからないということがわかる。学問の本質だ。
松村さんに「交通や通信が発達して世界中で文明化が進み、いずれ文化人類学はなくなるのでは?」というぶしつけな質問をしたことがある。その時の答えは、旧来とは違った視点からの新しいテーマがいくらでもあるということだった。この本もその問いに対する答えの一つなのだろうかと思う。文化人類学の新しい展開を知ることができたような気がした。
二冊目は『働くことの人類学【活字版】 仕事と自由をめぐる8つの対話』を。パプアニューギニアにある貝殻の貨幣、カラハリ砂漠の狩猟採集民、ノマド、『チョンキンマンションのボスは知っている アングラ経済の人類学』(春秋社)で詳しく紹介されたタンザニアのゆるい経済など、どの話もおもろすぎる。これを読んで、文化人類学なんかつまらんわなどと思うような人はおらんはず。
こんな本を読んでいると、文化人類学という学問を志す人はいったいどんな人なのだろうかという好奇心が湧いてくる。それに答えてくれるのが三冊目の『旅するモヤモヤ相談室』で、文化人類学者をはじめとする外国を調査フィールドにする研究者へのインタビュー集である。なんと、編者の木谷百花は京都大学の医学生で、この春に卒業されたばかりだ。本の出版というのは、原稿を書くだけではなく、ゲラの校正とかにずいぶんと手間がかかる。国家試験の勉強をしながら、ようできたなぁと感心しながら読んだ。
はて、どうです? これまでに読んでみたことのない分野の本を読むときには、一冊だけでなく、関連する本何冊かをまとめ読みすることをオススメします。おもろかったら読み続けたらええし、おもろなかったら、もうその分野の本は読まないことにしたらよろし。でも、この三冊を読んだら文化人類学にはまってしまうかもしれませんで。ほな、今回はそういうことで。
今月の押し売り本
今月の押し売り本
今月の押し売り本
仲野 徹
隠居、大阪大学名誉教授。現役時代の専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。
2017年『こわいもの知らずの病理学講義』がベストセラーに。「ドクターの肖像」2018年7月号に登場。
※ドクターズマガジン2023年5月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
仲野 徹
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