記事・インタビュー
ヒューマンダイナミックス社では、約20年にわたり製薬会社やCROへ多くの先生方を紹介しています。今回は2022年8月に編者・分担執筆者として、日本で初めての製薬医学の教科書「製薬医学入門 くすりの価値最大化をめざして」(メディカル・サイエンス・インターナショナル)(以下「製薬医学入門」)を出版された芹生卓先生にご出席いただき、本を出版されるに至った経緯、製薬業界に興味のある医師へのメッセージなどを伺いました。(「製薬医学入門」は2023年4月に第2刷が発行されました。)
<今回お話を伺った方>
芹生 卓(せりう たく)
兵庫県出身、京都府立医科大学卒 医学博士 総合内科、血液専門医
APCER Life Sciences社 取締役会上級顧問
製薬企業・製薬関連企業(日・米・欧・インド)コンサルタント
非営利型一般社団法人 医薬品開発能力促進機構 代表理事
京都薬科大学 客員教授
京都府立医科大学 客員講師
日本製薬医学会 理事・Medical Safety部会長、第13回年次大会長
日本血液学会 評議員・COI委員
製薬医学認定医、認定薬剤疫学家
臨床医、産業医活動も継続している
元 ブリストル・マイヤーズ株式会社 執行役員、大塚製薬株式会社 専務執行役員・取締役
Q:まずはじめに「製薬医学入門」はどういった内容の本が教えてください。
芹生 先生
海外、特に英国を中心に発展してきた「製薬医学」は、日本では認知度が低く、学ぶ機会も少ないのが現状です。「製薬医学」の全体像、つまり医療倫理、創薬、医薬品開発、薬事、ファーマコビジランス、メディカルアフェアーズ、薬価と医療経済、法規制を系統的に、日本語で理解し学べる入門書として作りました。下記のリンクからご覧いただける本書の目次より内容が確認できます。本書の一番最初に、製薬医学にとっつきにくさを感じる略語を一覧で掲載するなど、初学者の方でも理解しやすい体裁を心がけました。2020年1月に本書の企画を始めましたので、発行までに2年半の歳月をかけ執筆・編集を行いました。
Q:なぜ「製薬医学入門」を企画されたのでしょうか。
芹生 先生
私は京都府立医大を卒業し、研修の後、血液内科医として勤務し、大学院では白血病の臨床研究に従事しました。その後ドイツのウルム大学とハイデルベルク大学に勤務して、白血病の大規模な臨床研究のプロジェクトリーダーを務めました。これがきっかけとなって、1997年からドイツの製薬会社であるシエーリング社に勤務することになりました。私が製薬企業に移った時(1997年)には、企業で勤務する医師は現在よりもとても少なく、参考にする本もなく、文字通り手探りで業務を始めました。
幸い、担当した開発品やチームメンバーに恵まれ、業務を行いながら知識と経験を積むことができました。また当時の日本の規制の変化をうまく利用したり、ドイツ本社の社員とも良い関係で協力することで、グローバル企業としてのメリットを活かして、次々と担当製品の承認を得て上市し、患者さんにお届けできました。
その後、ブリストル・マイヤーズの医薬開発統括部長に転身し、さらに革新的なグローバル製品を開発しました。米国本社でのグローバルリード業務や、日本法人の執行役員、医薬品事業経営委員会メンバーとしての業務、メディカルアフェアーズ立ち上げ、ファーマコビジランスのグローバル協業化も経験しました。
次に、大塚製薬では、専務執行役員、取締役として、統括する責任範囲(疾患領域、担当部署/ファンクション、担当するビジネス、国や地域など)が広がりました。より大きな課題に挑戦する機会に恵まれ、業務がさらに面白くなっていきました。関与した医薬品の多くは、標準治療として、日々の診療で使われています。このように成果は、直接医療の発展や、患者さんへの貢献につながりますので、とてもやりがいのある仕事です。
この面白さ、やりがいを新しくこの世界に入ってこられた若い先生にも体験してほしい。そのためには「製薬医学」について、日本語で読んで理解し、つまずくことなく効率よく全体像をつかんでほしい。思い切って転職して始めてみたものの、基礎知識の習得ができずに苦労している先生方のお手伝いができればとの思いで「製薬医学入門」を企画しました。
Q:「製薬医学入門」の工夫した点を教えてください。
芹生 先生
一見して手に取りたくなる表紙、あまり専門書の堅苦しさを感じない装丁になっています。入門書とはいっても、どうしても「製薬医学」の専門用語がでてきますし、規制についての記述が多くなり、読み進めにくくなる部分がでてきます。ですので、できるだけ具体的な事例を示したり、図表を掲載したり、「寄り道コラム」を入れたりと、読み物として楽しんでいただけるようにしました。歴史や、背景情報を含めて記載することで、ただ事実を覚えるだけではなく、どうしてそうなったのかを理解できるように工夫しました。
内容については、企画段階で、共同編者の内田一郎先生と、まず章立てを考え、さらに各章で必ず記載してもらう内容をキーワードとしてリスト化しました。初めての入門書ですので、「必要な事項は全て網羅してしかも本が厚くなりすぎない」ために、このキーワードの取捨選択には時間がかかりました。
執筆者は日本製薬医学会メンバーを中心にお声掛けし、17名のご経験豊富な先生方にご快諾いただきました。それぞれの先生からいただいた専門性の高い内容の原稿に、具体例の追記を依頼したり、時には大胆に削除するなどして、入門書として分かりやすく、全体のバランスがとれるよう編集しています。私が書いた文章の中にも、ぜひ読んでほしかった部分で、バランスを考えて、泣く泣く削除したところもあります。
私は、製薬企業で開発、薬事、ファーマコビジランス、メディカルアフェアーズ、薬価・医療経済、信頼性保証、GXP監査を責任者として担当しましたので、その経験を踏まえて知っておくべき内容を判断し、実際の業務に沿って、実用的な記述になるよう心がけました。
右欄に注釈をつけて、理解をサポートする補足的な情報を追加しました。また、参考文献に加えて、参照したウエブサイトを挙げて、規制がアップデートされても容易に確認できるように工夫しました。
Q:製薬会社での勤務を考えている臨床医の医師に、「製薬医学入門」の特にどのような箇所を読んで欲しいと考えていらっしゃいますか。
芹生 先生
まずは、一番興味のある章、例えばメディカルアフェアーズでの業務を志望している方や、メディカルアフェアーズ業務を開始された方は、まず第9章メディカルアフェアーズ(MA)①:MA部門について、及び第10章メディカルアフェアーズ(MA)②:メディカルサイエンスリエゾンを読んでほしいです。
次に、協業する相手先部署の業務についての章を読んでほしいです。先ほどの例のメディカルアフェアーズ担当者は、臨床開発やファーマコビジランス、薬事担当者との協業が必須です。長年製薬企業に勤務していても、他部署の業務は意外とわからないものです。この本では、協業する上での製薬医学の基礎知識が習得できます。
次に、医療倫理は全ての活動の基礎になりますので、ここを読んでいただき、さらにそれ以外の章をさっと読んで、製薬医学の全体像を把握されると良いと思います。各章では、先ほどお話ししたこれまでの経緯として、どうしてそうなったかが簡潔にまとめられている部分は、お勧めです。
また、例えば第2章にPOC(Proof of Concept)に関して記載されていますが、「Proof of Concept」をいう用語は、医師にはあまり馴染みがないかもしれません。
製薬企業の社員は皆さん知っています。説明を受けると理解できることですが、知らないと、社員からの丁寧な解説というステップが必要になります。この本を読んでおけば、最初からスムーズに議論に参加でき、即戦力として、新しい環境下で力を発揮するまでの時間が短縮できます。
また、医薬品開発の成功率を向上させる取り組みとして、トランスレーショナルリサーチ(TR)が取り上げられていますが、TRとは、基礎研究の成果を医薬品の開発や適正使用、安全対策につなげることです。すべての医薬品は、基礎研究の成果に基づいて開発されています。逆に言うと、開発段階でその研究成果をうまく利用することによって、成功確率が上がります。このことはすべての製薬企業に勤務する医師に求められますので、ページを割いて説明しています。
第3章では医薬品開発の意思決定、医薬品開発段階における留意点など、専門的な内容も掲載しています。こういった開発を進めるにあたっての検討事項はぜひ学んでいただきたい。医学専門家としてPhaseⅠ試験、PhaseⅡ試験と関わっていくにしても、製薬会社としての意思決定のプロセスや留意点を理解しておくことによって、医学的な助言がより有意義なものになります。
意思決定プロセスそのものが、私が製薬会社で感じてきたやりがいにつながる部分でもあります。医薬品開発の成功確率は低く、中断を決定せざるをえないことも多いです。そのなかで、開発計画を立て、製品の評価をして、開発を進めるのか進めないのか、進めるとして何をめざすか、これまでに集積したデータをどう解釈するか、次にどのようなデータがあればさらに進めるのか、そういったところを考え、議論し、上手くいくと大きなやりがいを感じます。その面白さを読者のみなさんにも感じてほしいと考えています。
第7章では、薬害とその対応の歴史にページを割いています。医薬品安全性監視を担当される方はもちろんですが、規制がどのように作られてきたかが理解できますので、皆さんに読んでほしいです。
メディカルアフェアーズは、比較的新しい部署で、その役割や求められる成果について活発に議論されているところです。第9章では、メディカルアフェアーズが組織されるに至った経緯やその業務内容、ステークホルダー(利害関係者:この用語も医師には一般的ではないですね)との関係について、製薬医学の立場から整理されていますので、ここもお勧めです。
Q:読者からはどのような反響がありましたか。
芹生 先生
発売後、アマゾンでベストセラー1位(薬学)になるなど、好評をいただいています。ドクターはもちろんですが、製薬企業で研修のために使うということでまとめて購入いただいたりしています。他部署のことを知るためにもお役に立っているようです。他にも、こういう本が読みたかったとか、社員や学生に勧めたいなど、本書についてたくさんの嬉しいメッセージをいただきました。
届いたメッセージの一部をご紹介します。(匿名化のため一部変更しています。)
また、別の視点になりますが、「第7章、第8章から、ファーマコビジランスとその担当者のことを想ってくださっていたんだなと感動しました。激励、応援、愛が溢れるメッセージを感じました。」との感想をいただきました。教科書なのでそのような文章は全くないのですが、行間から汲み取っていただいたのでしょうか、私の方が感激しました。
Q:製薬企業に挑戦する医師に対しての、先生のサポート活動を教えてください。
芹生 先生
製薬企業での業務はとても複雑です。その複雑さは、臨床や研究の複雑さとは全く異なります。医学部でほとんど講義がない「製薬医学」について、まず「製薬医学」を知っていただきたい。「製薬医学入門」はそのために独学できるように企画し、出版したものです。つまり知識面でサポートするもので、本書の内容を基に、日本製薬医学会年次大会でのシンポジウムや教育セッション、他学会での講演活動などを予定しております。また輪読会をしてほしいという声もいただき、現在計画しているところです。
もう1つ製薬企業での成功に重要ないわゆるソフトスキル(注:仕事をこなすうえでベースとなるスキルで、コミュニケーションスキルや協調性、論理的思考力、創造性など)については残念ながらこの本では学べません。私が代表を務める「医薬品開発能力促進機構」ではメンタリングなどを通し、ソフトスキル習得のお手伝いもしています。
製薬医学を学び、医薬品開発、安全性監視、適正使用推進などの業務を通して、医療の進歩に貢献するという素敵な仕事でぜひ成果を挙げていただき、革新的な医薬品を必要とされる患者さんに適切に届けてほしいと願っています。
<プロフィール>
株式会社ヒューマンダイナミックスの具体的な求人を知りたい先生や、ご質問のある先生は「民間医局」がお手伝いをさせていただきます。お気軽にお問い合せください。
芹生 卓
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