記事・インタビュー

2022.11.10

「変な病院」でも「楽しい病院」 生き生きと働ける病院の創り方


2024年4月、「医師の働き方改革」がスタートし、医師の時間外労働の上限規制が適用されます。医療機関では医師の労働時間を管理し、過重労働とならないような取り組みが求められます。
本特集ではさまざまな工夫とアイデアで、医師の勤務環境をうまく変化させた全国の医療機関をご紹介し、「医師の働き方改革」への対応のヒントをお伝えできればと思います。

今回は福岡県の八女市・久留米エリアで、急性期から在宅医療までを手掛ける、医療法人八女発心会 姫野病院にて医師の業務負担を軽減しつつ、様々な取り組みをおこなっておられる理事長・院長 姫野 亜紀裕先生にお話を伺いました。

お話を伺った方

医療機関名:医療法人八女発心会 姫野病院
理事長・院長:姫野 亜紀裕 先生(糖尿病・腎臓)

所在地:福岡県八女郡広川町大字新代2316番地
病床数:140床(一般70床、地域包括ケア70床)
職員総数:500名程度(法人全体950名程度)
公式ホームページ
採用ページ

インタビュアー

平野 翔大 氏(産業医/産婦人科医/医療ライター)

都内大企業にて統括産業医を務めつつ、合計10社、5000人の健康管理を担う。また医療ライターとしても活動し、医師の働き方改革はじめ、父親の育児や育休支援についても発信。他にもヘルスケアベンチャーにて健康保険組合向けのプロダクト構築にも関わっている。
資格として健康経営エキスパートアドバイザー・医療経営士3級(登録アドバイザー)・AFPなど。

Q:勤務医の働き方改革の先に残った課題


 平野 氏 :まず、医師の働き方を変えることになったきっかけについて、教えてください。

 姫野 院長 :2013年に院長に就任した当時、既に多くの医師は定時で帰り、当直は希望する医師のみが行う(希望しなければ当直しない)というシステムができていました。また、医師事務作業補助者を積極的に雇用し、事務作業についてはタスクシフトされた状況でした。しかしその裏には、常勤医師の負担を軽くするために、当時の院長(従兄弟)や先代の院長が多数の患者を診て、代わりに仕事を引き受けていた状況がありました。また医師数も多くないため、多職種の懸命な協力があってようやく成り立っている状況だったと思います。

残っていた課題はまさに「経営者の働き方改革」だったのです。
経営者である院長や理事長が、医療で圧迫されていては、マネジメントや新しくやるべきことに目が向かなくなります。そうなると「鶴の一声」で多職種を一度に動かそうとし、現場を十分に見ずに的確でない指示を出してしまいます。また、業務の負担から職員に強く当たってしまうこともあり、職場のムードがギスギスする原因にもなってしまいます。。
本来、組織とは、「集合的な知恵」で進めるものであり、そのためには経営層が職員の声を聞き、考える時間が不可欠です。まずはその時間を作るために、医師を増やし、経営者の業務量を減らしました。これにより経営者がきちんとマネジメントに意識を向けられるようになり、病院全体の働き方が変わっていきました。

Q:タスクシフト=コメディカルへの権限の移譲


 平野先生 :トップマネジメントになってしまいがちというのは診療所や中小病院ですごく大きな問題だと私も感じています。経営者でありながらも、現場のプレイヤーとなってしまいマネジメントに時間を割くことのできない院長といった構造を改革していくことは非常に大切です。具体的には姫野病院ではどのようなマネジメントを行っているのでしょうか?

 姫野院長 :意識しているのは、「職員がマネジメントできる余裕を作る」ことです。院長など管理者のマネジメントの時間も必要ですが、トップマネジメントを進めるというよりは、個々の職員が自分でマネジメントできる環境を作るため、アドバイスやコーチングを促す対話を増やすように努めました。

この過程で、多くの権限を他職種に移譲しました。
例えば病棟の栄養指導、リハビリ、点滴の速度などは、医師が決定しなくても良いことがあります。これらの判断を「医師の裁量」に委ねると、医師は多忙になり、コメディカルも医師に都度判断を仰がなければならなくなり、業務量が増えてしまいます。結局、病棟は指示がないと動けないので、医師に何回も問い合わせることになる。医師は自身がやるべきでないと思っている仕事をやれと何回も言われ、ストレスも増え、悪循環です。

これらを解決するために、多くの指示を標準化しています。点滴が1日3回この時間に行う、などと標準化し、例外の場合のみ別途指示を出す形式です。このような標準化を各部門・病棟で行うことで、医師への問い合わせは格段に減少しました。
このような取り組みを始める時には、多くの懸念がありました。医師がこれを事前に理解することも重要でしたし、コメディカルも不安に感じている部分もありました。しかし、これらも多職種内でしっかり対話や標準化を進める、まさに「自分たちでマネジメントできるようにする」ことで、前に進んでいったと感じています。

 平野 氏 :業務の標準化とルール作りを徹底することでタスクシフティングを進められたのですね。
 姫野 院長 :またコミュニケーション手段にも工夫をしました。チャットや電子カルテで医師に問い合わせできるようにしたり、医師にお願いしたいタスクが一覧になるようにして、やり取りの回数を減らしました。そうすることで、医師・多職種それぞれ都合のいい時間で依頼や作業ができるようになります。
コミュニケーションツールには、LINE WORKSを導入しました。選んだ理由はシンプルで、「誰が読んだのか、読んでいないのかわかる」という点です。医療・介護従事者は献身的な反面、送ったメッセージなどを見てもらえないことにストレスを感じています。貢献したいにも関わらず、報われないと悲しいのです。そういう気持ちにも応えられるツールだと思っています。

Q:自らが求める働き方ができる環境へ

 平野 氏 :お話を聞かせていただき、医師だけでなく多職種の働き方も大きく変わったなと感じます。多業種も含め、働き方改革の中心とされている残業に対する考え方についてはいかがでしょうか?

 姫野 院長 :誰でも残業は少なくなるようにしています。個人的には残業対策と子育て対策は同じだと思っています。子育て中の人は定時で帰らざるを得ないため、周囲のカバーが必要になります。しかし、子育てしていない人が困っているときに、子育て世代が助けてくれます。このようなカバー体制は、さまざまな世代がいることで可能となります。このため当院では産休・育休に一定の人が入っていることを前提に、人員を確保しています。
もちろんこれに伴い人件費は上がりますが、一人一人の負担を減らすことで患者に割ける時間は増えるので、満足度は上がり、その結果患者が増えて収益も上がりました。経営者にしても、現場の職員にしても、無理して多くの人を診る体制ではこれは実現できません。だからこそ、人件費は「投資」だと考えています。

しかし、逆に「残業を少なくすることが善」という考え方も途中でやめました。
職員の中には、残業が少ないことより、給与が減ったことを問題に感じる人や、残業してもいいと思っている人もいます。
そこで、院内で生じる追加の業務を「院内バイト」という形で募集しています。これは完全に志願制で、やりたい人だけが手を上げるシステムです。わかりやすいのはワクチン接種業務ですね。強制的に病棟から何人、と調整するのではなく、休日だけどやりたい人が担当する、それに対し追加の報酬を払う形にしました。今ではいわゆる早番や遅番についてもこの形式を取っています。これらは看護ではなく、介護的な業務も多いため、どの職種の人でも行えるようにしています。

Q:姫野病院が目指すこれからの働き方改革

 平野 氏 :働き方の多様性といった面でもすごく勉強になる考え方ですね。このような改革を進めるにあたって、苦労した点などはありましたか?

 姫野 院長 :「タスクシフト」という観点では色々な課題が見えてきています。
医師から多職種へのタスクシフトはこれからも進むと思います。賃金格差が大きいため、経営面でも大きなメリットがあります。しかし、多職種から多職種へのタスクシフトは経営的には難しい側面があります。最低賃金は年々引き上げられていますが、これで全員の給与が上がるわけではありません。最低賃金ラインは上がるものの、最低賃金で働いていない人の給料は上がらず、シフトしてもそれによるメリットはどんどん小さくなっていきます。
またタスクシフトはモチベーションを下げる要素もあると感じています。全体の中の「一部分だけを担う」という仕事は、「自分がやっていることがどうなるのか」が見えなくなるので、モチベーションが下がりやすくなります。同時に、タスクシフトばかりを意識すると、本当はデジタル化できる作業もタスクシフトの対象になります。「そもそもこの仕事は必要か?」という考えがなくなりやすく、DXやICT化を阻害する要因にもなりかねません。
今後はこのような問題にも取り組んでいきたいと思っています。本当にタスクシフトでいいのか、エンゲージメントも高い働き方は何かについてもっと考えていきたいですね。

<インタビューを終えて>

マネジメントやシステムでより働きやすい病院を作っている姫野病院。何より印象的だったのは、「経営者の働き方改革」でした。日本では院長は医師でなくてはならず、これがいわゆる「プレイングマネージャー」を生んでいる原因です。臨床で患者に向き合うことも重要ですが、組織である以上、マネジメントは不可欠です。そして管理職で労働時間管理の対象外とはいえ、長時間労働に伴うリスクが存在するのは院長でも同じです。「誰もが快適に働ける病院」のためには、院長や一部の職員が献身的に頑張り、支えるという無理な体制は長続きしません。そのような中で、姫野病院の取り組みは非常に参考になるのではないでしょうか。

聞き手・執筆:平野翔大(産業医/産婦人科医/医療ライター)

姫野 亜紀裕、平野 翔大

「変な病院」でも「楽しい病院」 生き生きと働ける病院の創り方

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