記事・インタビュー

2020.07.23

日本で医師として働く(2)オーストラリアの医療について

オーストラリアで総合診療にあたるGP(General Practitioner)の専門医資格を取得し、2020年4月から日本で医師として働き始めたレニック・ニコラス先生。今回はオーストラリアの医療制度についてや、GPが果たす役割、日本人医師がオーストラリアで働くにはどうすればよいのかをお聞きしました。

オーストラリアの医療制度

――オーストラリアにはイギリスのNHSのような組織はありますか?

ありません。その点は、オーストラリアはイギリスよりも日本に似ています。NHSのような組織が医療制度を管理しているのではなく、例えばGPの開業医ならば、医師は自分が正しいと思う医療を提供します。もちろん国のガイドラインを参考にしますが、強制的なものではありません。日本と同じように医療保険制度の下で、患者さん一人を診療するごとに報酬をもらいます。

――日本とオーストラリアの医療の違いはどのような時に感じますか?

日本の医療は専門分野の比重が高いですよね。それは日本人がオーストラリア人と比べて健康的で慢性疾患の負担が少なく、医療制度は急性疾患を重視していることの影響が大きいと思います。

たとえば、日本人の肥満率は20~30%ですが、オーストラリア人の肥満率は63%です。オーストラリアでは、高血圧や糖尿病などの慢性疾患が多く見られるため、GPのように慢性疾患の管理を含む包括的ケアを提供できる役割が強く求められているのです。一方日本は依然として慢性疾患の比率が少なく、感染症や腫瘍などの急性期のマネジメントが優れていて、技術的にもレベルが高いと思います。

しかし、今後日本の生活の欧米化に伴い、慢性疾患の率が着々上がってきている中、日本もいよいよ慢性疾患重視の医療制度を検討する時期になってきていると思います。

――オーストラリアでは慢性疾患を管理するかかりつけ医が機能しているのですね

日本でも大きな病院では速やかにかかりつけ医に患者さんを帰すようにしていますが、開業医の専門性が高く、「特定の医療サービスを提供する」という意味合いが強いですよね。皮膚科の開業医の先生は発疹については治せますが、その他の全身疾患については診ることはできません。オーストラリアではGPが「その患者さんの全身に対しての責任者」というイメージです。

――新型コロナウイルス感染症への対応でも違いはありましたか

オーストラリアでは当初からGPが中心となって対応をしていました。感染リスクがあるといっても、その理由で患者さんの診療を拒んだりするわけにはいきません。そこで3月30日から豪政府が全ての保険診療を電話診療で行ってよいという方針に変え、実際に99%のGPが電話診療を提供しています。新型コロナウイルス感染症のような症状のある患者はGPが電話診療をし、感染の疑いがあれば特定の医療機関で検査をします。そして、コロナウイルス感染リスクのためにクリニックを受診するのを躊躇する患者さんに対しても、電話受診で対応できるようになっています。

結果として、GPでの診療の40%程が電話診療へと切り替えられました。オーストラリアの診療所は複数のGPを集めたグループクリニックとして運営されているため、週末や夜間でも対応ができるクリニックも多いです。

コロナ禍がある中でも、豪政府は患者さんの医療ニーズの責任者が病院ではなくGPであることを認め、その役割を継続できるようにサポートしてくれました。

AMC(AustralianMedical Council)試験について

――オーストラリアで医師として働くにはどうすればよいでしょうか

オーストラリアで外国人が医師免許を取得するためには、AMCの試験を受ける必要があります。さらに、日本で専門医資格を持っているかどうかにより「Generalist Pathway」と「Specialist Pathway」の2つのルートに分かれます。日本で専門医資格を取得している場合、オーストラリアでもSpecialist Pathwayを取得しないと、専門的な医療に関わることはできません。

――AMCの試験について教えてください

AMCの試験は、筆記試験とUSMLE Step2CSのようなOSCE(客観的臨床能力試験)があり、内容はオーストラリアの医学部の卒業試験に近いです。オーストラリアの試験は一般的な疾患が中心で、日本のようにレアな疾患について問われることはあまりありません。あくまで安全に医療提供ができるかどうかが求められており、さらに難しい疾患やレアな症例については、専門プログラムに入ってから学ぶシステムです。

総合診療については「Murtagh’s General Practice」という教科書を使う学生が多く、アプローチとしてすぐに除外しなければいけない疾患や、よくある疾患について学べます。

――オーストラリア人と外国人を分けてマッチングする仕組みがあると伺いました

それはオーストラリアでも問題になっています。日本の医師がオーストラリアに行く場合だけでなく、例えばオーストラリアの大学を卒業した外国籍の人でも、シドニーやメルボルンのような都市部では働きづらいのが現状です。Rural Rule(10 year moratorium)が設けられていて、10年間は働ける場所が制限されてしまうのです。

日本人がオーストラリアの都市部の病院で働くことは決して容易ではありませんが、地方での医療に興味がある人には面白さがあると思います。一人で緊急手術や帝王切開をするなど、さまざまな経験を積みたい医師には向いているのではないでしょうか。

<プロフィール>

レニック・ニコラス
NTT東日本関東病院
国際診療科 総合診療医

1990年3月生まれ。2011年にオーストラリア シドニー大学教養学部(日本語専攻)を卒業し、同大医学部を2015年に卒業。ホーンズビー病院、モナベール病院、ネリンガ病院での研修を経て、General Practitionerの専門医資格を取得。USMLE Step 1(271点)、Step 2 CK (268点)、Step 2 CSに合格。2020年1月に日本に移住し、同年2月に日本の医師免許を取得。現在はNTT東日本関東病院で外国人の診療にあたる国際診療科と総合診療科に所属する。
詳細はこちら:https://connect.doctor-agent.com/article/column223/

レニック・ニコラス

日本で医師として働く(2)オーストラリアの医療について

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