記事・インタビュー
「日本版 離島へき地プログラム(Rural Generalist Program Japan)」を立ち上げ、海外、とりわけ途上国での医療従事や研鑽のサポートに力を注いでいる合同会社ゲネプロの齋藤 学先生と、カンボジアにある「サンライズジャパン病院プノンペン」で活躍中の岡和田 学先生が対談。
東京とプノンペンをテレビ電話で繋ぎ、カンボジアの医療事情や新たな舞台に挑戦する意義などに話が弾みました。海外(留学・赴任)に興味のある医師はもちろん、キャリアに迷っている医師や、新たなキャリアに挑戦したい医師にも必読の内容です。
【前編】【後編】の2回にわたって紹介していきます。
齊藤先生、岡和田先生が知り合ったきっかけ
岡和田:齋藤先生は順天堂大学医学部の2年先輩で、しかも野球部では投手という同じポジションでした。野球部内でラーメン部を立ち上げて1日かけて自家製ラーメンを作ったり、二人して肩の調子が思わしくないとき、一緒にペインクリニックを受診して局所ブロックをしてもらったりしました(笑)。
齋藤:懐かしいですね(笑)。この前初めてカンボジアに行って、岡和田先生の生き生きとした表情や診療風景を見たとき、野球部で共に汗を流した当時の姿と被って非常に感激しました。
岡和田:齋藤先生にはここに来る3年ほど前、徳之島の小児外科研究会で偶然に再会した際、カンボジア行きを検討していた私にアドバイスをくれて、大きく背中を押していただいたんですよ。大きな力になりました。
齋藤:岡和田先生は小児外科が専門だけど、MBAを取得したり、東日本大震災の津波で被災した福島県浪江町の仮設診療所で働いたり、そして今はカンボジアで奮闘している。そうした一連のキャリアを歩んできた背景にとても興味があります。
岡和田:小児外科という、かなりマイナーな科で勤務していましたし、個人的にも視野が狭く考えに偏りがあると感じていました。米国留学から帰国して医局長として医局運営に関わらせてもらったころから視野が広がり、組織運営にも興味を持つようになりました。しかし順天堂大学という絶対的組織の中で准教授となり、自分の置かれた立場を俯瞰的に眺め、「自分のバックグランドは弱い、自分の実力を図るものさしが必要だ」と思ったんです。そこで経営や組織運営を学ぶことを目的に、また医療者以外の知人を増やして視野を広げるために、早稲田大学に通ってMBAを取得しました。
齋藤:福島県浪江町の仮設診療所でも経験を積まれたのはどのような理由からですか。
岡和田:福島県浪江町は私の地元であり、震災の津波で実家が流されてしまった背景があります。地元の復興に貢献したいと思い、2年間、仮設診療所を手伝いに福島に通いました。そこで経験した「患者さんの生活背景まで見る総合医」としての経験が、ここカンボジアで役立っています。
スペシャリストとして舞台をカンボジアへ
齋藤:そうだったんですね。カンボジアに行こうと思ったのには、何か大きな理由があるのでしょうか。
岡和田:日本の少子化は危機的な状況にあり、日本の子どもがどんどん減っていく中で、「マイナーな小児外科医は生き残っていけるのだろうか」「私が勧誘した若手医師の働き場は将来あるのだろうか」と、将来への懸念がありました。そして日本の小児医療が高い水準を維持していくにはどのような方法があるかを考えたとき、小児人口が増えているアジア諸国へ進出することにメリットがあると思ったんです。
齋藤:ちなみに、小児人口が増えているアジア諸国に小児外科医はどのくらいいますか?
岡和田:ほとんどいません。米国でも年間に37人しかなれないほど、そもそも小児外科はとてもスペシャリティーが高い分野なんです。
齋藤:なるほど。
岡和田:それでアジア諸国のどこに行こうか考えていたとき、各国さまざまな事情や条件がある中で、カンボジアは進出するに比較的ハードルが低いことが分かりました。本格的にカンボジア行きを検討し始めたころ、経産省の知り合いから偶然、北原国際病院の医療支援プロジェクトの一環としてカンボジアのプノンペンに「サンライズジャパン病院」が開院することを知らされ、その取り組みに共感したことがきっかけで、に赴任することになりました。*(医局を辞めることが出来ず、1年遅れての赴任となりました。)
齋藤:どのような取り組みに共感されたのでしょうか。
岡和田:日本の医療を輸出し、「医療を通した文化や町づくり」を目標に掲げていたことです。単に海外ボランティアとして現地の医療に貢献するのではなく、医療を通して町づくりをすることに大きく惹かれました。もともとボランティアは自己満足に過ぎないというのが私の考えですし、家族がいますので、報酬もきちんと得られる海外の病院を検討していたことも大きな理由です。
現地の事情に合わせた臨床・教育・研究
「自国で完結する医療」を目指す
齋藤:カンボジアの医療事情は、やはり日本と大きく異なりますか?
岡和田:はい。1990年にポル・ポト政権による大量虐殺で医師の大半も殺害されたため、当時の医学生たちは十分な医学教育を受けないまま医師として働き始めました。そして現在、そうした医師たちが保険省(日本でいう厚生労働省)や医学部教授などの重要なポジションに就いているため、医学教育やそのマネジメントが遅れている状況があります。
こうした背景により、カンボジア国民がカンボジア人医師の医療を信頼しておらず、裕福な人は風邪などでも隣国のタイやベトナムへ、手術が必要であればシンガポールまで移動するのが常態化していて、その数は年間で40万人以上との統計も出ています。
一方、診療は基本的に自費であることから、貧しい家庭の人が受診する際には医療レベルが低く不衛生な公立病院、もしくは海外のNGOやボランティアが開設しているクリニックを受診することが主流となっています。
齋藤:そうした特殊な医療事情の中で、「サンライズジャパン病院」はどのような役割を担っているのでしょうか。
岡和田:海外へ流出する患者さんの治療を、カンボジア国内で完結させることを目指しています。それが実現すれば、自国内でお金が回るようになり、最終的に貧困層にも良い医療を提供できる仕組みがつくれるのではと考えています。
診療体制としては、4名の日本人医師と、研修医として現地の医師15名が働いています。日本人医師に診てもらえるということで、多くの住民が診療に訪れています。私は小児外科が専門ですが、スタートは一般外科でしたし、浪江町の診療所では総合医として赤ちゃんからお年寄りまで診ていましたので、そうした経験を活かして、総合内科医という立場でも診療にあたっています。
齋藤:日本人医師ということで、現地住民たちにとって医療の「最後の砦」にもなっていると思います。難しい症例も多いと思いますが、専門である小児外科以外を診ることに抵抗感や不安はありませんでしたか?
岡和田:もちろん私一人での対応は難しい部分もありますので、他に3名いる日本人医師たちと協力して診療をしています。それに順天堂大学でも「最後の砦」の医療を長くやっていましたので、抵抗感や不安はなかったですね。ただし、自分でもできると過信すると必要な治療が遅れてしまうこともあるので、その判断だけは間違わないように気を付けています。「うちの病院はここまではできて、ここから先は無理だ」という線引きはしっかりと引いています。
齋藤:とても大事なことですよね。それと、カンボジアの医師たちの教育も岡和田先生の大きな役割であると思いますが、どのような教育指導をされていますか?
岡和田:現地の若手医師のために、日本のように研修医カリキュラムを作成していますし、M&Mカンファや手術カンファなどは毎週行い、プレゼンテーションや治療方針の指導も行っています。母校である順天堂大学とWebカンファレンスを行い、交流を深めつつ、最新の知識を得られる体制づくりも進めています。
また、毎週木曜日のオフを利用し、プノンペン市内にある国立小児病院で若手小児外科医に対して1時間の講義と、その後に外来診療と手術指導を行っています。さらに個人的には内視鏡外科手術(腹腔用・胸腔鏡)をアジアで広めたいという考えがあるので、2019年11月にカンボジア外科学会へ内視鏡外科の講師として参加しました。
齋藤:岡和田先生は米国留学や順天堂大学で栄養学などの研究をされていたと思うのですが、カンボジアでも研究を続けていますか?
岡和田:はい、継続しています。順天堂大学とネットで繋いで、歯磨きアプリを開発している企業と共に、歯磨きの評価と子どもの腸内細菌の関連性について研究をしています。口腔ケアによって健康状態の改善が期待できるため、スマートフォンが主流のカンボジアで歯磨きアプリを導入すれば、子どもがゲーム感覚で楽しみながら健康状態の改善ができるのではと期待しています。
<プロフィール>
齋藤 学、岡和田 学
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