記事・インタビュー
第5回 あの指導医はヤバイと言われないために
出雲。最も心地よい季節、僕にとっての【五月病】とは毎年訪れる強制的に年を取ることを意識しすぎる流行病で、お肌の劣化、少し寂しくなる頭髪、年々当直がきつくなるのを自覚しながら勤務医として恐怖のゴールデンウィークに悩む季節のことを指します。
さて、一般的に五月病といえばフレッシュマンが不慣れな職場で無理しすぎた結果、いろいろと支障が出てくることを指すそうです。やたらと異動が多いのが医師の宿命、ちょうど元気が無くなってきている先生もいらっしゃるのではないでしょうか。でもちょっと、待って! それって本当に自分のせいでしょうか? もしかしたら今回のテーマであるDisruptive physician behavior(周りにいるヤバイ医師)に原因があるかも知れません。初期研修が始まると研修医たちの会話に「デキレジ」、「ヤバレジ」などという言葉が使われているのに気付きますが指導医も一緒で、デキる指導医もいれば、ヤバイ指導医も確実に世に存在しております。げげっ! 自分がヤバイ指導医になりかけているのを棚に上げて心が痛い今回のテーマ、世界ではすでに常識的な概念になっております。“Disruptive” 破壊的や崩壊的など適切な日本語が気に食わないので、「ヤバイ医師」としてみました(すごい、われながらしっくりくる!)。
これまで、本邦では全く注目されてこなかった点ですが、実はこのヤバイ医師が与える医療安全・医療経済・臨床教育におけるさまざまなネガティブインパクトについては研究が進んでおり、北米ではすでにガイドラインまで登場しています。1)ではヤバイ医師の定義って何なんでしょうか?(当てはまりそうで戦々恐々!)
一見して分かるヤバイ医師の問題行動は、怒鳴ったり、ゴミ箱を蹴ったり、ハサミを投げたり、急激な感情の起伏で患者さんを診療できないことがあるそうです。これは誰が見てもヤバイ行動なので異論はないでしょう。(そうそう自分も机を蹴って……。嘘)
しかしながら、上記のガイドラインでは加えて一見分かりにくい行動(これ病院あるあるです!)、本来医療のプロや専門家として対応すべき案件に理由をつけて対応しない、他科や他者の悪口や小言を言う、ネガティブな感情を前面に周囲に出す、さらには私生活で女性問題などゴシップが多いという内容まで含まれるようです。そして疫学調査では、これらヤバイ医師の特徴を満たしている「真のヤバイ医師」は5%未満の割合で周囲にいると推定されています。これには、大事な前提条件があって、医師とてただの人間、たった一回の感情の爆発だけでは当てはめてはいけないという注意書きがあります。2)あくまで常習犯的に上記の問題行動を繰り返す医師をヤバイ医師と呼ぶようですね。
このヤバイ医師の問題行動が研修医という相手に絡むと、さらに事態はMalignantになります。それは本質的に「とても熱心に研修医を指導」していると正当化ができてしまうためで、立場が最弱の研修医は自分が悪いからと自分を責め何も言えなくなってしまいます。
さらに都合が悪いことに、ヤバイ医師らは組織に必要な資格などを有していたり、何らかの特技や手技、処置に秀でている、そもそも代わりの人を雇えないなど、病院・組織のために目に見える利点を保有していることが多く、「あの人はああいう人だから……仕方ない、諦めよう」と全体の問題に取り上げにくくなるそうです。しかし先行研究からの、ヤバイ指導医が組織にもたらすネガティブインパクトは強大で、代表的なところでは周囲のモラルやモチベーションの低下、看護師や若手医師の不足、医療事故や裁判と有害事象の増加、患者満足度の低下などがあり、結果的には莫大なコストがかかっていることも。他にも、研修医の学習効果の低下、講座や医局の評判の低下とそのためにメンバーが集まらないなど多数あります。面白い見解ではそのようなヤバイ医師の問題行動は潜在意識下で若手が真似してしまう可能性まで指摘されています。1)初期研修終了を契機に、他科のベテランの先生にまで急に横柄になる研修医。皆様はお心当たりありませんでしょうか?
このように、ヤバイ医師が見えにくいレベルで与えているネガティブインパクト。いやぁ自分も心が痛すぎます。古今東西「人のふり見てわがふり直せ」とはよく言ったもので、自分の診療や医療への姿勢を俯瞰的に観察することなしに、本当のプロにはなれないのかも知れませんね。40歳を前にして、惑いすぎ……反省反省。
和足 孝之(わたり・たかし)
2009年岡山大学卒。湘南鎌倉総合病院、東京城東病院を経て、2015年度マヒドン大学臨床熱帯医学大学院へ。2018年よりハーバード大学GCSRT在籍中。2016年より現職。あふれる情熱で臨床教育に力を入れている。
■参考文献
1)GUIDEBOOK FOR MANAGING DISRUPTIVE PHYSICIAN BEHAVIOUR, College of Physicians and Surgeons of Ontario, April 2008.
2)Reynolds, Norman T. “Disruptive physician behavior: use and misuse of the label,” J Med Regul 98.1 (2012): 8-19.
■参考文献
1)A sleep prescription for medicine, Lancet. June 8, 2018 http://dx.doi.org/10.1016/S0140-6736(18)31316-3
2)Extended work shifts and the risk of motor vehicle crashes among interns. N Engl J Med 2005; 352: 125-34
Dr.和足のしまねから“こんにちは”
- (1)「診断エラー学」
- (2)診断エラーと認知バイアスについて
- (3)認知バイアスを乗り越えろ!
- (4)医師こそ、もっと寝かせなさい!!
- (5)あの指導医はヤバイと言われないために
- (6)ヤバイ医師に変貌する自分
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