記事・インタビュー
日本最大の公的医療ネットワークの大学病院医療情報ネットワークUMIN(University Hospital Medical Information Network)のセンター長として日々尽力されている木内 貴弘教授に、UMINの現状や活用法、今後の展開をお伺いしました。
UMIN立ち上げから普及するまで
UMINは、全国42の国立大学病院のネットワーク組織として誕生しました。東京大学医学部附属病院内にセンターが設置されています。現在では、研究、教育、診療、病院業務等、幅広い多様なサービスを国立大学以外の研究教育機関、医療機関にも提供しています。特に医学研究者主導の医学研究の支援サービスや演題登録サービスは非常に有名で多くの人に使われています。
UMIN設立のきっかけは、1986年に全国のすべての国立大学病院にコンピュータの導入が完了して、医事会計の計算などに利用されていたことです。全国の国立大学病院のコンピュータを専用回線で相互に接続し、様々なサービスをネットワーク上で展開しようという流れになり、UMINが立ち上がるに至りました。
1993年からインターネットを介したサービス提供を開始しました。当時は現在のようにインターネットが普及しておらず、主な連絡手段といえば郵便かFAXでした。インターネットに接続されていない国立大学病院も多く、また接続されていたとしても、メールサーバを持っていないところもありました。各国立大学病院には、UMINへの接続予算が配分されて、これを使って、インターネットへの接続を行って、無料でUMINの電子メールやその他のサービスが使えるようになりました。このため、UMINの利用開始がインターネットや電子メールの利用開始を意味している大学もたくさんありました。その後、国立大学以外のすべての医療関係者にサービスの範囲を広げ、現在では、医療関係者のための重要な情報インフラストラクチャーとなっています。
UMINと関わるきっかけ
現在のようにここまでITが重んじられるようになるとは思っていませんでしたが、IT分野は将来、必ず大きくなると身をもって感じていました。そこで、臨床研修を終えた後に、東京大学大学院で医療情報学を専攻することにしました。大学院在学時にUMINのサービスが開始されることを知りました。立ち上げ当初からUMINの業務に携わっていたわけではありませんが、どのようなサービスであるかなどの情報は大学院在学中に把握していましたし、医療情報の業務に携わりたいと考えていたこともあり、UMINのような全国規模でのネットワークシステムの存在と将来性に惹かれていました。その後、運よくUMINに勤務することでき、現在まで継続してUMINの業務に携わっています。
私が大学院生になった1980年代は、医療情報学、すなわち医療のITの重要性を感じている医療関係者が極めて少なかったのを覚えています。そのような状況のなか、UMINの生みの親である開原成允先生が文部科学省に働きかけたことで、国立大学病院におけるITに関する予算が増え、日本の中では、国立大学病院はもっとも早い時期に病院のIT化に着手しました。医療情報学の分野では、20代の頃から医療情報学を学び業務に従事しているという意味では、私たちの世代が第一世代にあたります。UMINによって、国立大学病院のコンピュータが相互接続され、更にインターネットの普及の波に乗り、文部科学省も予算の増額をする流れとなり、UMINのサービスの種類が増え、質も向上して、利用者・利用件数が急速に増大しました。
UMINの主な用途
UMINの提供しているサービスは、電子メールサービスをはじめ、情報検索など多岐にわたりますが、特に利用頻度の高いサービスとして下記についてご説明します。
(1)電子メールサービス
(2)オンライン卒後臨床研修評価システム(以下、EPOC)
(3)UMINインターネット医学研究データセンター(以下、INDICE)
(4)オンライン演題登録システム
「電子メールサービス」は、UMINサービス開始当初から継続して多くの方に利用されています。「EPOC」は現在では研修医の約半数に利用され、特に大規模病院の研修医や専門医が多く活用している状況です。また、「INDICE」では様々な臨床・疫学研究プロジェクトが行われており、多くの研究プロジェクトで活用され、症例数として約600万件以上の症例データが収集されています。「オンライン演題登録システム」も利用頻度の高いサービスのひとつですが、近年は運営費交付金削減のため、サービスの存続が難しい状況となり、2019年度からのサービスの終了を一旦アナウンスしました。しかし、日本医学会、日本医師会を含め、多くの学会からサービス存続の強い要望があったこともあり、無償から有償化へ方向展開を行い、サービスを継続することとなりました。「INDICE」、「オンライン演題登録システム」はカスタマイズが容易に可能なソフトウエアを持っているため、比較的経費を抑えて提供することができます。また、これらシステムに対する外部からの要望や提案は多数あり、それぞれのニーズに合わせた開発を行っています。
参考:UMIN|サービス一覧
UMINの活用法・管理など
現在、UMINに登録されている方は約46万人です。医師はもちろん、医学系学会に登録されている方や大学病院の職員であれば、どなたでも登録ができます。
登録いただいた方に対し、UMINは各サービスのプラットフォームを提供し、基本的には、それらの活用は利用者する側に委ねています。また、UMINに登録される場合は、各団体単位で一括して申し込みいただくか、個人で登録を希望される際は、身分証明書にて本人確認が必要になります。
UMINのサービスの運用やシステム開発は民間企業へ委託し、展開を進めています。UMINセンターには現在4名の教員が在籍しています。それ以外のエンジニア、運用管理、事務処理を担当する職員は民間企業の方に委託をしている状況です。
現状抱えている課題
冒頭にも触れましたが、UMIN運用開始後しばらくは国のIT分野に投資する予算が増額されるケースが多く、サービスの展開を拡大していける状況でした。そして時代の流れを経て、国立大学法人化以降、運営交付金が毎年度削減されるようになり、以前のように積極的にサービス発展を図ることが難しくなってきています。
解決策として、一部サービスの有償化や民間企業との協業が考えられます。民間と手を組んでビジネス展開することは、様々な制約があり、なかなか難しい状況です。
「UMINインターネット医学研究データセンター(INDICE)」、「オンライン卒後臨床研修評価システム(EPOC)」の開発にあたっては、ITの知識のみならず、医療系の知識が必要とされますし、UMINの主な活動の目的として認識していただきたいのは、医学研究者が自由な研究を行うためのインフラとして、国主導というよりは、あくまでも研究者が自発的に行う研究のサポートをするという立ち位置のもとに活動している点です。これは、大学という自由でアカデミックな研究組織の特性を反映していると思います。
国内外での医学研究者向けサービスの違い
国内外で、国民向けに様々な医療情報を提供する公的サービスはありますし、研究者向けに文献や臨床試験情報や診療ガイドラインの提供等の特定の目的ために情報サービスを提供している公的組織はありますが、UMINのように、医学研究者を対象に多様な情報サービスを全国展開している公的組織は類例がありません。またアメリカでは「UMINインターネット医学研究データセンター(INDICE)」のようなサービスは存在していますが、その運用単位はUMINのようにひとつの組織が行うのではなく、大学毎に独自に行っています。そのため、大学ごとに様々なサービス展開をし、運用に関わる人も多くなる傾向にあります。
今後見込みが考えられるサービス
「UMINインターネット医学研究データセンター(INDICE)」、「オンライン卒後臨床研修評価システム(EPOC)」、「ホームページホスティングサービス」等は、今後も利用の増加が見込まれます。一方で、国立大学の運営費交付金が毎年削減される中で新しいサービスは厳しい状況です。また既に民間企業が参入している分野に、UMINのような公的機関が参入して競争するのは問題があると思います。
UMIN以外の医療情報関連のシステムには様々な展開が考えられます。一番大きな領域としては医療機関用の「電子カルテ」がありますが、既存の市販システムが既にある程度普及しています。遅れているのは、「研究情報の収集」と「経営管理用のデータの抽出」だと思います。
電子カルテには、膨大な医療情報データは蓄積されてきてはいますが、電子カルテは基本的に診療用に作られており、研究や経営のことを想定して作られているわけではありません。研究情報について、CDISC標準という規格が、米国FDA、日本のPMDAで採用されて、世界標準になっています。経営管理用のデータもCDISC標準に枠内で規定可能だと思います。従来、電子カルテからの研究情報の抽出は、SS-MIXやHL7 FHIRで行われてきましたが、これらの診療用に作られた規格を研究用に使うにはメタデータの情報が足りないため、CDICS標準の様式でデータ抽出は困難です。今後は、電子カルテもCDISC標準に対応すべきだと考えています。
次に「遠隔診療」の分野も今後見込みがあると感じています。お金を出しても、都会の医師は地方にはいきたがらないと思います。お金を使う場所がありませんし、子供の教育の都合もあります。都心部の医師の空き時間を、遠隔医療で活用することで地方の医師不足の問題の解決につながります。地方の医師不足を解決する方法はこれ以外にはなく必ず広まると考えています。現在は各社のシステムが乱立していますが、いずれは少数の大手のシステムに集約されていると思います。
最後に「AI」は医療に大いに貢献すると考えます。画像診断や内視鏡検査などの所見の診断や、診断結果と電子カルテの所見の整合性、薬の飲み合わせのチェック等に役立ち、AIによって医者の負担の軽減やミスの防止ができると思います。特に画像のAI処理技術は格段に精度あがっています。これらにより、医師は患者とのコミュニケーションにもっと時間を使えるようになると思います。ただ、AIでは大儲けはできないと思います。その理由ですが、ディープラーニングについては、近年の飛躍的な進歩で学習がうまくいくようになったのですが、基本的なアイディアは昔からあるため、特定の企業が重大な特許を独占しているということがありません。このため、多数の企業や研究者が同じようなやり方で取り組んでおり、皆似たり寄ったりの精度になるだろうと考えているからです。AIは、画像診断機器や電子カルテに必須の付属品として、広く普及すると思います。ただし、インターネットや医療界の現状を30年前に予測できなかったように、あくまで現在の技術の延長で将来もいけばという前提の話ではあります。
<プロフィール>
木内 貴弘(きうち・たかひろ)
東京大学大学院医学系研究科教授
医学博士
››› 大学病院医療情報ネットワークUMIN
››› 東京大学大学院医学系研究科医療コミュニケーション学分野
1986年 東京大学医学部医学科卒業
1987年 公立昭和病院内科で初期臨床研修
1988年 東京大学大学院医学系研究科に進学
1997年 東京大学医学部附属病院中央医療情報部助教授
2004年 東京大学医学部附属病院大学病院医療情報ネットワーク研究センター長、教授(現任)
2007年 東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻疫学・保健学講座医療コミュニケーション分野教授(併任)
木内 貴弘
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