記事・インタビュー

Mentorship Academy Tokyoは、医療人材の育成を目的とした国際的メンターシッププログラムの日本初開催イベントである。米国のサンジェイ・セイント医師(Dr. Sanjay Saint)、ヴィニート・チョプラ医師(Dr. Vineet Chopra)、リチャード・ゼイン医師(Dr. Richard Zane)をはじめ、国内外から著名な医師が指導にあたり、オンライン参加を含め約80名の指導医・研修医が参加した。当日は、メンターシップの基本や救急現場での実践的リーダーシップ、国内におけるメンターシップの普及の取り組みなどをテーマに講演が行われた。また、当日の振り返りを行った上で、グループワークを通して、文化的背景を踏まえた日本におけるメンターシップ構築の重要性を学び、参加者同士でネットワークを構築する機会も提供された。国内外の医療リーダーの講演を通じて、グローバルな視点でのメンターシップの重要性を体感する場となった。
主催
地方独立行政法人 東京都立病院機構(東京総合診療推進プロジェクト(T-GAP)事務局)
開催日・開催場所
開催日 :2025年10月15日(水)9:00~17:00
開催場所:九段会館テラス コンファレンス&バンケット(東京)
セッション
主催者である地方独立行政法人東京都立病院機構を代表し、同機構の上田 哲郎副理事長が開会の挨拶を行った。上田氏は、医療現場では知識や技術の習得に加え、互いに学び高め合う文化の醸成が重要であると述べ、真のメンターシップとは上下関係ではなく「対等な立場で対話を通じて可能性を引き出す営み」であると強調した。歌舞伎の師弟関係を描いた映画に触れ、旧来の徒弟的な指導と対比しながら、対等な「教え、教わる」関係性の重要性を説いた。また、東京都立病院機構としても、次世代を担う医療人材の育成に引き続き貢献していく考えを示し、そのためにも国内外の専門家から学ぶ本アカデミーを通じて、参加者が「育て、育つ」力を磨き、東京、さらに全国へとメンターシップの輪が広がることを期待すると結んだ。

各セッションでは、国内外からメンターシップ分野で第一線で活躍する著名な医師たちが登壇し、それぞれの豊富な知見と経験に基づく講演を行った。
「Mentorship Essentials: Becoming an Effective Mentor & Mentee ~メンターシップの基本:効果的なメンターとメンティーになるために~」
講師:サンジェイ・セイント 医師 (ミシガン大学 教授)、ヴィニート・チョプラ 医師(コロラド大学 教授)
東京で国内初開催となったMentorship Academyでは、米国から来日したセイント医師とチョプラ医師が中心となり、メンターシップの基本と実践について、講義と少人数のグループディスカッションを組み合わせた双方向のセッションを実施した。
セイント医師は、メンタリングを「互いに喜びをもたらす双方向の関係」と定義し、一方向的な指導ではなく、双方が成長する関係であると強調。また、多くの医師が正式なメンタリングトレーニングを受けていない現状を課題として挙げ、メンティーが主体的に関係を築く「マネージング・アップ(メンターを助ける力)」の重要性を説いた。チョプラ医師は「メンティーの4つの黄金律」として、①適切なメンター選び、②メンターの時間の尊重、③効果的なコミュニケーション、④メンターにエネルギーを与える存在、を挙げ、単一の指導者に依存せず、複数のメンターと関わる「メンタリングチーム」の必要性を述べた。参加者は自らのメンター、コーチ、コネクターやスポンサーを分析し、日本での応用を議論した。
後半では、メンティーの「良い行動」と「陥りやすい誤り」について解説。セイント医師は、創造性を育む環境づくり、短く明確な連絡、定期的な対話、「聞く姿勢」の重要性を挙げた。また、前向きな態度でメンターに活力を与える「エネルギードナー」としての姿勢を勧め、“under promise and over deliver(控えめに約束し、それ以上に応える)”という姿勢を理想とした。さらに「金継ぎ」の例を挙げ、不完全さを受け入れて成長する日本文化の強みを称賛した。チョプラ医師は、JAMA論文をもとに、自信不足型やコンフリクト回避型などメンティーの失敗を紹介し、文化的背景として「Noと言えない日本人」の傾向を指摘。前向きに断る“ポジティブなNo”の実践を提案した。
続いて「良いメンター」と「メンタリングの失敗(Mentorship Malpractice)」をテーマに、優れたメンターの6つの型を提示。乗っ取り屋(Hijacker)や搾取者(Exploiter)、世界旅行者(World Traveler)といった失敗例を防ぐには、チーム型の支援が重要と話した上で、チョプラ医師は、個人頼みではなく「メンタリング委員会/メンタリングチーム」による制度的支援が最善策と述べ、コロラド大学の成功事例を紹介した。セイント医師は、マインドフルネスを基盤とした「心の在り方」を説き、共感・感謝・優しさをもって相手に向き合う「マインドフル・メンターシップ」の重要性を強調。
さらに、セイント医師は「神聖な瞬間(sacred moments)」という概念を紹介し、患者や仲間との深いつながりの中にこそ医療と教育の本質があると語った。最後に、メンタリングは相互成長の関係であり、メンティーの成功にはメンター・コーチ・コネクター・スポンサーがチームで連携する仕組みが重要と述べた。そして「良いメンターやメンティーは学習によって育つ」と締めくくり、「千里の道も一歩から」と聴衆に実践の第一歩を促した。
「Leadership and Mentorship in the Emergency Care Setting ~リーダーシップとメンターシップ:救急医療の現場における実践~」
講師:リチャード・ゼイン 医師(UCHealth 最高医療責任者兼最高イノベーション責任者)
リーダーシップとは、他者に影響を与え、組織として目標を達成する力である。優れたリーダーは状況に応じてリーダーシップの型を使い分け、チーム全体が機能するよう導く。特に変化の時代において、最も重要なのは「適応力」と言える。変化は常に不安を伴うが、リーダーは人々が安心して挑戦できる環境をつくり、ビジョンを示しながら変化を具体的な行動に落とし込むことが必要。また、リーダーは、メンターとして個人の成長を支え、スポンサーとして機会を与える「寛大さ」も持ち合わせる必要もある。責任感・誠実さ・決断力・前向きなエネルギー——これらが、真のリーダーを形づくる要素となる。
「本邦においてメンターシップ・メンタリングを普及させるには?」
講師:庄司 健介 医師(国立成育医療研究センター教育研修センター長(感染症科併任))
本邦では医学教育におけるメンタ―シップについてはいまだ普及しているとはいいがたい状況である。私はサンジェイ・セイント先生のメンタ―シップに関する講演会の運営に関わらせていただいた経験から、メンタリングは習得すべき技術であり、普及させる価値のある概念であると考えた。そこで、まず小児科医向けにメンタリングに関する総説をセイント先生とともに執筆し、その上で初学者が学びやすいようにメンタリングに関する書籍を出版した。今後は医療従事者がメンターシップ/メンティーシップについて学ぶ機会を増やしていきたいと考えている。
「国立成育医療研究センターにおけるメンタ―シップ」
講師:利根川 尚也 医師(国立成育医療研究センター教育研修室長)
本報告は、当センターにおける小児科専攻医対象メンターシップ制度の概要を述べる。専攻医約40名に対し、指導医約30名(医歴6〜25年)が公式メンターとして1対1で、1年間担当する体制を採用している。制度の目的は、身体・心理・社会面を含む包括的支援に加え、個々の研修目標の設定および達成に向けた進捗確認である。マッチングは専攻医の希望を踏まえるのみならず、性格・性別、採用時からの面談記録、研修の進捗、レディネス等の情報を総合的に評価して最適化している。さらに、個々のメンターに過度の負担が集中しないよう、スポンサーシップやコネクター、コーチング、保護・相談等の役割を他の指導医や運営が分担する体制を整備している。
「日本の大学で行う医師のキャリア形成」
講師:齋藤 昭彦 医師(新潟大学大学院 医歯学総合研究科 小児科学分野 教授)
国内の大学は、伝統的に卒業後の医師キャリアの中心的存在であり、臨床技術の継承や専門医取得の支援、人脈形成など多くの利点を有する。一方で、上下関係の固定化や人事の制約、メンターの質の差などの課題もある。特に女性医師や子育て世代への配慮不足、外部交流の乏しさなどが問題点として指摘されている。教育・研究体制の充実には、Faculty Developmentや明確なJob Descriptionの定義が必要である。研究活動への参画は思考力を育て、国際学会での発表や英語論文執筆は国際的視野を広げる。大学でのキャリアは市中病院では得がたい経験を提供し、医師としての成長の場となる。信頼できるメンターや教室を選び、自身の将来像に合った道を主体的に選択することが求められる。
「メンターシップにおけるジェンダー」
講師:染谷 真紀 医師(京都大学医学部附属病院 総合臨床教育・研修センター 助教/クリニカルシミュレーションセンター長)
本講演では、「ジェンダーとメンターシップ」をテーマに、医療現場での多様な関係性について学んだ。演者は、女性医師として自身のキャリアの歩みを振り返りながら、国内外の研究をもとにメンターシップがキャリア形成に与える影響や、無意識のバイアスがもたらす壁について、また、ジェンダーやマイノリティの立場にある人々がどのような支援を受け、どのような課題に直面しているのか、などが紹介された。会場とのインタラクティブなやりとりでは、参加者自身のメンターシップ経験の振り返りから、性別によるメンターシップに違いがあるかどうかが共有された。
「相手を性別や立場で決めつけず、個々の価値観や背景を尊重し一人ひとりと丁寧に向き合うことが大切である」といった演者の主張に、多くの参加者が深く頷き、「とても大事なことに気づかされた」との声が上がるなど、会場は共感と気づきに包まれた。「性別」「立場」「役職」によらず、メンターとしてもメンティーとしても互いに支え合う関係性の在り方を考える機会となった。
「メンティーからみたメンターシップ」
講師:原田 愛子 医師(済生会江津総合病院 総合診療科 医長)
「メンティーから見たメンターシップ」というテーマで発表した。医師として歩んできたこれまでを振り返ると、どの段階にも必ず支えてくれたメンターの存在があり、メンターシップは医師人生に大きな影響を与えるものであると改めて感じた。そして自身の経験をもとに、メンティーの立場から見たメンターシップについて、①良い点、②悩む点、③感じること、④今後日本で普及していくための課題、という4つの観点から率直に意見を述べた。メンターから学んだことを、メンティーがメンターとして、次の世代へ伝えていくことで、メンターシップを循環させていくことが重要であると考える。
「Mentorとして、Menteeとして」
講師:和足 孝之 医師(京都大学医学部附属病院 総合臨床教育・研修センター 准教授)
本講では、自身が医師として中堅期に差しかかる立場から、メンターシップの意義と再現可能な方法と考え方について考察した。筆者のこれまでの成長過程には国内外の多様な背景をもつメンターの存在があった。これらの指導者との出会いは、臨床・教育・研究の統合的発展を促す契機となり、メンターの機能的多様性を実感する経験でもあった。メンターシップには、伝統的メンター(Traditional mentor)、コーチ(Coach)、スポンサー(Sponsor)、コネクター(Connector)の4類型があるが、優れたメンターは、自己利益ではなくメンティーの専門職的成長を最優先し、これらの機能を状況に応じて柔軟に発揮する点に共通性をもっていた。黒川清の言葉「良い教育を受けた者は良い教育を与える義務がある」は、メンターシップの倫理的基盤を象徴している。一方で、日本の医学界では階層的文化や固定的教育制度により、メンターシップ文化の醸成が阻害されている可能性がある。今後はその文化的要因を明らかにし、持続的なメンター育成体系の確立が求められる。
「オスラー式メンタリング」
講師:徳田 安春 医師(群星沖縄臨床研修センター長)
ウィリアム・オスラー先生の名著『平静の心(アクアニミタスAequanimitas)』の精神によるメンタリングを紹介。オスラーが説いた医師の理想像とは、いかなる状況でも沈着冷静に対応できる「平静の心」を持つことにある。研修現場では、厳しい指導がしばしば若手医師を萎縮させ、バーンアウトにつながる。真のメンターに必要なのは謙虚さのコンパッションを備えたメンタリングである。オスラー先生は、医師の資質として、超然の術、系統的方法、徹底性、謙虚の徳を挙げた。特に、謙虚さは、人の不完全さを理解し、他者の失敗を寛容に受け止めるための重要な徳であると強調している。臨床現場でのエラーの多くは、個人の認知エラー以上に、医療チームのシステム要因にも起因している。メンタリングで謙虚の徳を実践することにより、心理的安全性を高めた形でのチームでの学びと振り返りが可能となる。
「ワークショップ」

本ワークショップは、数多くの講演を経て多くの学びを得た後、その内容や自身の経験を省察し、アウトプットする機会となった。京都大学の染谷真紀先生と和足孝之先生により進行、ファシリテーションが行われた。参加者は小グループに分かれ、まずはメンターシップの経験を共有し合った。続くディスカッションでは、付箋を用いたKJ法によりメンターシップがうまくいく要因、うまくいかない要因を整理しその対応策を検討した。各グループでは活発な意見交換が行われ、最後に全体討議で成果を会場全体に共有した。
参加者からは、「これまでの経験を客観的に見つめ直すことができた」「学んだことを自分たちの現場でどう生かせるかを考えるよい機会になった」との声が聞かれた。講演でのインプットを自分自身の現場へとつなげる、実践的で前向きな時間となった。
ーヴィニート・チョプラ医師
日本中から多くの人が集まり、メンターシップや制度、ジェンダーの課題、自身の経験を語り合ったことに大きな意義がある。次世代がこの機会を受け継ぐことが重要。また、今日、この場で考えるだけで終わることなく、明日から何を変えるかを考え、行動に移すことが大切。変化と進歩を見たい。
ーサンジェイ・セイント医師
15年前に京都・山科の音羽病院で教えた経験では、当時は質問しても静まり返っていたが、今回は、若手が安心して発言し、活発な議論が行われていた。それは、メンターが心理的安全性の高い環境を提供してくれているからである。また、日本は文化・歴史・経済の面で非常に優れているが、その強い文化が変化を難しくしている。英語の格言では、「どんなに優れた戦略も文化にはかなわない」と言われており、日本独自の文化に合わせて変化をどう実現するかが重要。
「総括」
講師:小坂 鎮太郎 医師((地独)東京都立病院機構 東京都立広尾病院 病院総合診療科 部長)
東京総合診療推進プロジェクト(T-GAP)の責任者である、広尾病院・小坂医師は、平日にもかかわらず多くの方が参加したことに感謝の意を示した。米国のHospital Medicineを参考に、日本でも安全で効果的にメンターシップを広める仕組みづくりを目指し、今回初めてメンターシップ・アカデミーを東京で開催したことを報告した。各施設でメンターシップを始める際には、外部の専門家に評価してもらう仕組みの重要性も強調。参加者同士の交流や情報共有を通じ、国内でメンターシップ文化が広がることへの期待を述べた。
メンターシップアカデミーとは?
メンターシップ・アカデミー(Mentorship Academy)は、医療教育における効果的なメンターシップの実践と構築を目的とした教育プログラムです。2017年にミシガン大学で始まり、コロラド大学アンシュッツ医学校(University of Colorado Anschutz School of Medicine)のヴィニート・チョプラ教授らによって設立された。学術医療分野の教員や研修医を対象に、メンターとして、またメンティーとして成長するための具体的な手法や考え方を学ぶ場を提供している。2025年10月、東京都立病院機構が中心となって日本で初めて開催した。

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