記事・インタビュー
医療法人社団 萌気会 理事長/
NPO在宅ケアを支える診療所・市民全国ネットワーク 名誉会長
黒岩 卓夫
私が井川幸広さんにお会いしたのは、株式会社メディカル・プリンシプル社が設立される直前だった。まだ若かった井川さんは、バイタリティーあふれた好青年という印象だった。その時の私の胸に響いたのは、彼がすでに経営していた株式会社クリーク・アンド・リバー社の社名に込められた理念だった。彼がTVディレクターとしてアフリカの飢えと貧困に苦しむ村を取材した時、ただ水がないだけで大地が枯渇している現実を見て、彼はここに川を導き水路を作り作物を育てるノウハウを提供することが、自分の使命だと心に決めた。
こうした井川さんの志にほれ、日本の新潟県魚沼の豪雪地帯で、医師不在のまま長い冬を雪に閉じ込められている村の人たちに、少しでも医療を提供したい気持ちが共鳴し、医師一人で始めた地域医療が、全国にネットワークをつくっていった。
私は1937年生まれの「子ども戦中派」だ。満州の開拓団で小学校に入り、ソ連侵攻によって自国棄民となり、妹と弟を失い、父の故郷信州の山村に引き揚げた。貧困と将来への不安から、大学そして医師を目指して青春を迎えた。
折しも大学は学生運動の季節だった。戦後15年はまだ戦場の硝煙の風や、流された血の臭いの残っている時、60年安保闘争や、さらに学園民主化闘争が全国的に盛り上がり、戦後最大の大衆運動になった。闘いが終わり日は暮れた。仲間の中には大学、医局を捨て市井や地方に散っていった者もいた。私もその一人だった。
時を経て株式会社メディカル・プリンシプル社ができた。私はアドバイザー的役割を担った。「民間医局」は強力なブランドになった。さらに「ドクターズマガジン」を出版し、雑誌名のタイトルに「ドクターのヒューマンドキュメント誌」と銘打ったのも、単なる医師紹介のメディアではないことを宣言するものだった。かといって医局生活を余儀なくされている多くの医師たちから、雑誌へのシンパシーを獲得することは容易ではなかった。ヒューマンドキュメントを提供する最初の「ドクターズマガジン」の「ドクターの肖像」として私が栄誉を与えられた。しかし、雑誌の評価は続く10冊くらいで決まるのではということで、私の尊敬する有名な日野原重明、黒川清、若月俊一先生などスーパードクターにお願いして次々と肖像になっていただいた。株式会社メディカル・プリンシプル社は、予想外の大きな刺激を医局や大病院の医師たちに与え、無数の新たな働く場の情報を提供するだけで世の中を変えてきた。
さて私の旅は新潟県南魚沼郡大和町(人口1万5000人)でわらじを脱いだ。その冬豪雪地域への出張診療や往診で、意識が変わり人生が変わった。樏(かんじき)を履いて1時間半、診療をしてさらに往診をして暗くなる。区長さん宅で多くの村人と夕食兼懇親会になる。皆さんから喜ばれ心から温かくもてなされ、早くも1年契約は破棄して雪国の医師になった。
町の診療所から病院づくりとなり、1971年には大和医療福祉センター(病院・保健センター・特別養護老人ホーム)が建設され、時あたかも高齢化社会の波が押し寄せ、三位一体の大和モデルが「大和方式」として全国に発信された。その後に魚沼基幹病院が建設された。1992年に病院を辞して医療法人社団萌気会をつくり、診療所が地域完結型となるための土俵をつくった。訪問診療、訪問看護などの実践を通して、在宅医療の制度上の改革も、行政に促し実現してきた。また1995年に「NPO在宅ケアを支える診療所・市民全国ネットワーク」を結成した。そして私の運営する医療法人社団萌気会は現在診療所3、介護事業所15、市より指定された「浦佐認定こども園」や病児保育を抱える法人になった。
そしてわが国の医療政策も待ったなしの高齢化社会、2025年のピーク時に備えて、在宅医療を第三の医療(入院・外来に次いで)と認め医療政策も大きく転換した。2015年「国立長寿医療研究センター」(大島伸一名誉総長)の統括する国レベルの「在宅医療推進会議」(座長黒岩卓夫)も在宅医療が第三の医療であると宣言し、日本医師会をはじめ各団体が足並みをそろえて歩み出すことになった。
創刊20周年を記念して、1999年11月号(創刊号)の「ドクターの肖像」にご登場の黒岩卓夫先生に執筆いただきました。
くろいわ・たくお
東京大学医科学研究所、青梅総合病院を経て、1970年から新潟県大和町診療所に勤務。独自の地域医療に取り組み、1983年ゆきぐに大和総合病院を発足させ院長に就任。1992年浦佐萌気園診療所長。長野県出身。著作に『地域医療の冒険』など。
※ドクターズマガジン2019年11月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
黒岩 卓夫
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