記事・インタビュー
国立国際医療研究センター 医学教育顧問
村岡 亮
日本で臨床研修マッチング制度が導入されたのは2003年で、それ以前の医学生たちは限られた情報をもとに少数の選択肢から卒後の研修先を決めていました。大学医局の先輩に勧められるまま、何となく診療科や研修先を決めた方もいるのではないでしょうか。当時は全国の研修病院情報も限られ、多数の選択肢の中から意思決定をするのは難しい状況でした。
臨床研修の質や研修医の待遇を改善するため、臨床研修制度が義務化され、研修プログラム制、募集定員制、マッチング制度が三位一体となって導入されました。全国の研修プログラムから研修先を自由に選べるようになると、医学生はコモンディジースの症例経験を積むため、大学病院から市中病院にシフトします。その結果、地方を中心に大学に在籍する研修医は減り続け、制度導入前の72.5%(2003年)から、38.9%(2018年)と約半分に。マッチング制度が研修医の大都市集中を助長し、地域医療崩壊を顕在化させたとされる所以です。
日本でマッチング制度が導入された時、大きな関心を示したのは経済学者たちでした。現代経済学の最もホットな分野の一つである「マッチング理論」が日本で実践されたからです。それは多様な嗜好や希望を持つ人々に対し、限られた資源を公正かつ公平に配分するルールを体系化したものです。
米国の経済学者アルヴィン・ロスとロイド・シャープレーは2012年にノーベル経済学賞を受賞しましたが、この功績には米国のレジデントマッチング制度の改善(1998年)が含まれています。シャープレーらは例証の一つに結婚を用い、マッチング理論を説明しました。男女10人ずつの対象者は、正直に自分の一番好きな順に異性の名前を書くと(希望順位表)、コンピューターがお互いの気持ちを最大限に叶えるよう瞬時に1:1のカップルを作ります。彼らは、マッチング・アルゴリズムに従えば、お互い望まない組み合わせはできないこと(安定性)、自分の気持ちを偽って順位に作為を加えても決して得にはならないこと(耐戦略性)を証明しました。
このように合理的であるはずのマッチング制度がどうして研修医の大都市偏在を起こしてしまったのでしょうか?募集定員の設定が不適切だったからです。制度導入当初においては、医学部卒業者を上回る過剰な募集定員が設定され(1.31倍)、かつ、大都市部に偏った配分になっていたからです。
さて、現在進行中の新専門医制度でも、専攻医の診療科偏在と地域偏在が大きな問題となっています。新制度1年目には、専攻医募集定員1万8537人、採用実数8410人となり、募集定員は採用数に対して大幅過剰(2.20倍)となり、結果として、大都市への専攻医集中は是正されず、地方に多数の空席が生じました。さらに、応募者は1基本領域1施設のみにしか出願できず、水面下で応募者の「青田買い」も進行しています。まさに16年前の新医師臨床研修制度導入直前とそっくりな状況です。
専門医制度の根本的問題として、各基本診療19領域での必要専門医数(プールサイズ)が明確でないことが挙げられます。それを根拠に、毎年養成すべき専門医数を計算することが不可能なのです。日本専門医機構と各学会は利害を乗り越え、早急に必要専門医数に関するコンセンサスを形成すべきです。そのうえで、基本19領域の専攻医募集定員総数を初期研修修了者と同程度(9千~1万人)に圧縮し、都道府県毎に基本19領域別の募集定員枠を定め、地域医療対策協議会が都道府県内各プログラムに定員を配分し専攻医マッチングを行えば、専攻医の地域・診療科偏在は確実に緩和されます。
専攻医マッチング制度はあたかも切れ味の鋭い諸刃の剣のようなものです。定員設定が適切である限り、応募者・研修施設両方の要望を最大限に活かしながら、診療科・地域の偏在なく、公平かつ効率的に専攻医を配置することができます。逆に、不適切な定員設定の下に使い方を誤れば、若手医師の診療科偏在と大都市集中を固定化してしまいます。
皆さまは「専攻医マッチング」という選択肢について、どのようにお考えになるでしょうか?
むらおか・あきら
1980年筑波大学医学専門学群卒業、国立病院医療センター研修医。1993年米国ミシガン大学消化器内科ファカルティ。1995年国立国際医療センター国際医療協力局、厚生労働省を経て、2016年国立国際医療研究センター医療教育部門長。日本医学教育学会理事。2019年同センター医学教育顧問、昭和大学医学部客員教授。
参考文献:マーケットデザイン - 最先端の実用的な経済学 – 坂井豊貴著、ちくま新書(2013)
※ドクターズマガジン2019年10月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
村岡 亮
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