記事・インタビュー
医療法人ナカノ会 理事長
中野 一司
1999年9月2日に、在宅医療の専門のクリニックであるナカノ在宅医療クリニックを鹿児島市に開業して13年が経過した。開業当初は、病院で行われている(キュア志向の医療である)病院医療をそのまま在宅で展開するのが在宅医療だと考えていた。ところが、実際、在宅医療を始めてみれば、何かが違う。病院医療と在宅医療は似て非なるパラダイムの違う医療ではないかと考え始めた。
そうした中で、開業9年目の2008年に、村田久行先生の3回のセミナー(1回4・5時間×3回)を受講し、目から鱗、であった。村田理論(1)では、〝苦しみ〞は、患者の①客観的状況、と②主観的な想い・願い・価値観のズレから生ずるとする(図)。このズレを修正する(少なくする)ことが〝苦しみ〞をとる対人援助で、患者の②主観に沿う(近づける)形で①客観を変える対人援助を〝キュア〞、変わらない①客観に沿う(近づける)形で患者の②主観が変わることを支援する対人援助を〝ケア〞と定義する。すなわち、キュアとは患者の現実(客観的状況)を変えることで、ケアとは患者が現実(客観的状況)を受け入れることを支援する対人援助である。筆者は、村田理論におけるキュア概念とケア概念(定義)を用いて、従来の「キュア志向の医療=病院医療」に対し、「ケア志向の医療=在宅医療」という〝在宅医療〞の新たな医療概念を提唱するに至り、一冊の本にまとめた(2)。
この新たな「ケア志向の医療=在宅医療」の新しい医療概念に対し、「キュア志向の医療=急性期医療」で、「ケア志向の医療=慢性期医療」で良いではないか?との指摘がある。全くその通りで異論はないのだが、現在の外来や老人病院で行われている慢性期医療の多くが、キュア志向の病院医療の哲学で行われているところに、今の医療界(介護界)の根本的な問題があるように思われる。
認知症が進行して、口から食べられなくなったら、キュア志向の病院医療では食べなきゃ死ぬという理由で、胃瘻が造設されるケースが多い。これに対して、ケア志向の在宅医療では、食べなきゃ寿命と考え、結果的に看取ることもある。そして、その結果、医療費は安くなるのである。看取りは、(財源確保のための)目的ではなく、患者の望む(死ぬまで家で生きる)医療を保障(支援)した結果で、その結果が医療費の削減につながるということは、非常に重要な視点であることを強調したい。
癌末期の患者さんを在宅で看る時の家族(介護者)の介護負担は、直接の身体的な介護負担より、何かあったらどうしようというキュア志向の病院医療の看護師の代わりになることの心理的(精神的)介護負担の方が大きい。何かあっても、何も(キュア)できないから、末期なのである。ご家族には、「何かあっても(特に心肺停止の場合)、医療専門職の我々でも、何も(キュア)できないので、末期状態です。何かあったら、心配せずに我々を呼んでいただき、結果的に静かに看取りましょう。意識がなければ、患者本人は苦痛を感じません。苦痛は出来るだけ取り除く治療はしますので、最期を心配するよりは、今元気で生きているこの時間を大切にしましょう」とお話しする。すなわち、キュアからケアへのパラダイムチェンジを促しているのである。
全く同様なことは、老衰状態にある高齢者にも言えることで、適当なケアおよび必要に応じたキュアで、最期は(結果的に)静かに看取る。このように、医療(介護)全体をキュアからケアへパラダイムチェンジすることで、患者も楽になれば、家族(介護者)も楽になる。そして、結果的に国もお金がかからない。
慢性期医療の哲学を、キュア志向の病院医療の哲学からケア志向の在宅医療の哲学にパラダイムチェンジすることで、1)患者が望まない過剰医療を控えることができる、2)介護する家族や介護職の不安を軽減できる、3)結果的、医療、介護費用も削減できる、の〝三方よし〞の近江商法の可能性が見えてくる。明日の超高齢社会が展望できるキーワードは、ケア志向の在宅医療と、キュアからケアへのパラダイムチェンジと考える。
参考文献
(1)村田久行:「改訂増補 ケアの思想と対人援助」。川島書店、1998 年
(2)中野一司:「在宅医療が日本を変える―キュアからケアへのパラダイムチェンジ。「ケア志向の医療=在宅医療」という新しい医療概念の提唱」。ドメス出版、2012 年12 月
※ドクターズマガジン2013年2月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
中野 一司
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