記事・インタビュー
藤枝市立総合病院 臨床検査科長
金丸 仁
癌の治療に関する講演をしたときに、こんな質問をしたことがあります。
「長生きしたい人」…大部分の人が手を挙げました。「ではどんな状態になっても長生きしたい人」…手を挙げる人はほとんどいません。そこで次の質問です。「人間は必ず死にます。ではどんな病気で死にたいですか。まず、癌で死にたい人」…ほとんど手が挙がりません。「それでは何の病気で死にたいですか」…誰も答えられません。「では病気がいやならば、自殺、他殺、それとも不慮の事故死なんかがいいのでしょうか」…こうなるとみんなの頭は混乱してきます。
普段からこのようなことを考えている人はまずいないということですが、この受け答えから考えられるのは、死ぬのはいやだが、どんなふうになっても生きているなどとは望まない。そして死ぬとしたら病気もいやだし、事故などで死ぬのもいやだということです。そんな虫のいい話があるのでしょうか。実は老衰という死に方があるのです。老衰死を提示すれば、おそらくほぼすべての人が手を挙げたことでしょう。
ところが日本の今の医療は、この老衰で亡くなることをさせないようにしているとしか思えません。それは医療者だけでなく日本人全体の責任であると思います。私は外科医ですが、毎週1回内科も含めた救急の外来も受け持っています。ここには本来の急患だけでなく、介護施設などから、最近食事が食べられなくなったという寝たきりの老人が救急車で運ばれてくることがよくあります。年齢が90歳を超えていたりすればそれは老衰と判断すればいいのでしょうが、食べられないと死んでしまうという理由でつれてこられるのです。担当の医師も心配だから病院に行ってみてもらいなさいと言ってしまうのです。そこには看取りの発想がありません。その結果、こういう老人に胃瘻を作ったりしてしまうことになるのです。
寝たきりで自分の意思表示もできない老人に胃瘻を作ることは私には理解できません。胃瘻から流動食を流すことはかえって誤嚥性肺炎の機会を増加させ、せっかく老衰という理想の形になるはずのところが、肺炎をはじめとした病気による死亡を作り出すことになるのです。
「『平穏死』のすすめ」という本を書かれた蘆花ホームの石飛幸三先生は、胃瘻の弊害を家族のみならず職員にも説明し、胃瘻を作らないで、介護施設の中で看取るということを実践しておられます。人生の終末期についてよく考えられた結果ですが、多くの病院の医師は、胃瘻に限らず医療を施すことの無益さについて家族に説明できる信念もないし、できることはなんでもしてくださいと言われればそうするほうが面倒もないという消極的理由で、無益(と私は考える)な医療が行われるのです。
このような患者さんは内科にお願いするのが普通ですが、自分が救急で当たったときは、主治医として外科病棟に入院させることがあります。救急外来では十分な話ができないので、入院してゆっくりと家族を説得するためです。大切なのは無駄な栄養補給ではなく、最期をみんなで看取ってあげることだということを。死を認めるのは医療の敗北ではありません。命の長さだけが大切なのではないことは、助けられる命は助ける技術をもっているという自信があれば、説得可能でしょう。
私は最近、癌の末期医療をモチーフとした「外科医高倉了治の誠実な殺人」というタイトルの小説を書きましたが、老人の末期医療もテーマになっています。具体的に言えば、延命治療の中止をどのように考えるかということです。あえて小説の形にしたのは、この問題は医療者のみならず一般の人にわかってもらう必要があるからでした。
癌については、緩和医療が普及し、東海大学事件以来、法的にもある程度の指針はありますが、老人の延命治療中止にはまったくコンセンサスがありません。食べられなくなればそれが人生の終わりというコンセンサスの国もあると聞きます。日本でも昔は家で家族の死を看取ることができましたが、今は、病院に入れて何かの病気で亡くならせるしかできなくなってしまったのです。
病気や事故ではなく老衰で亡くなることは、多くの人が望むことであり、医療費の点からも日本の医療をよくするひとつの方策だと考えます。私自身は老衰になるさらに前に、早めに逝きたいとは思っています。
※ドクターズマガジン2012年2月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
金丸 仁
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