記事・インタビュー
独立行政法人国立病院機構長崎病院院長
森 俊介
公衆衛生の徒として ―離島及び町立病院での模索―
私は、2004年より独立行政法人国立病院機構長崎病院(以下、長崎病院)のかじ取りをしていますが、もともとは、公衆衛生の徒であると自認しています。
卒業と同時に基礎の公衆衛生学教室に入局し離島や半島、漁村、農村などさまざまな地域での住み込み調査などをしながら、「地域とは何か」を考えてきました。そして、地域住民が真に望むものは、「安心して生活し、その延長線上で安心して死んでいけること」であるとの確信を得ました。その後、臨床医学を学び直し、大離島である対馬のいづはら病院(現・長崎県対馬いづはら病院)で4年間、人口1万2000人の国民健康保険琴海町立病院で15年間、地域住民の望む「安心のシステム」を病院、社会福祉協議会、行政、住民の四者で考え構築してきました。結果、いずれの病院でも健全運営ができ、地域の「安心のシステム」もある程度納得のいくものができたと自負しています。
長崎病院院長就任の要請
その後、2年間は、私立大学の福祉コミュニティ学科の立ち上げにかかわり、各地の地域医療・福祉計画の策定とその実現に向けてのお手伝いをしていました。その関係からか、2004年に国立病院と国立療養所とが独立行政法人国立病院機構に移管されるときに、「長崎病院を存続させる意義はあるのか、あるとすればどのような方法か」との諮問を受けました。人口当たりの医師数、ベッド数がともに全国のトップ5に入っている長崎の地で、重心病棟と慢性呼吸不全、障害者病棟しか特徴のない、しかも、毎年5億円近くの赤字を計上していた病院を、「経済的に自立させ、存続の意義があると断言できる自信はありませんが、『地域になくてはならない病院』であると認識していただくことはできるはずです」とお答えしたところ、病院長就任を要請されました。
長崎の医療状況と長崎病院
人口規模約50万の長崎の医療状況は、(1)高次救急救命システムができ上がっていない、(2)400床以上の病院は長崎大学病院(869床)と長崎市立市民病院(414床)の2つで、360床の日本赤十字社長崎原爆病院、230床の済生会長崎病院、それ以外にも200床以下の病院が多数存在し、病院間の緊密な連携なしにしのぎを削っている、(3)病院群の多くは救急を売りにしているが、医師不足や医師の高齢化のため将来の展望を持つことができない、(4)新医師臨床研修制度により大学に入局する医師が減少したため欠員になっても大学からの補充がない焦りと孤立感が漂い始めている、というものでした。したがって各病院は将来の構想すら立てられず、展望のない閉塞感に陥りつつあるという、まさに医療崩壊寸前の状態でした。そのような医療状況の中で長崎病院を再建することは難しいが、「公的病院を統合して医師を集約、病院群の機能をハッキリと分化(長崎病院もそのひとつとして役割を担う)して、相互の病院が綿密な連携をとれば、長崎の医療の再構築ができるかもしれないと思い、院長就任を承諾しました。
長崎病院の再生へ向けた、3段階の計画
長崎病院の再生計画第1段階は、(1)障害者医療(重度心身障害者医療、神経難病、発達障害、小児精神、中途障害者の社会復帰、医療と福祉の橋渡し機能)、(2)緩和医療、(3)病院周辺の住民のための一般医療の3つに病院の機能を特化して、DPC病院からの患者、緩和対象患者、クリニックからの患者の受け入れと障害児・者のレスパイトケアに徹し採算ラインまで持ってくる。病院の運営が軌道に乗れば、第2段階として、新病棟を集約し、空いたスペースにショッピングモールを、病棟とモールの間には芝生の広場をつくる。そこは、地域の触れ合いの広場として地域住民にも利用していただく。第3段階として、旧病棟を障害者専用あるいは高齢者専用の住宅とし、福祉コミュニティのモデルをつくるというものでした。
医療は文化 ―「安心のシステム」の再構築へ向けて―
第1段階は3年でクリアし、現在、新病棟の設計図ができ上がり、2010年11月に工事の最終許可が出ました。ショッピングモールに関してもいくつかの大手の業者からぜひ協力させてほしいとの要望がくるようになりました。当院が機能を特化したことによって存在意義は認められ、健全運営ができることが証明できたと思っています。
長崎医療圏の再構築は、一病院長の考えだけではどうすることもできませんが、公的病院を統合して基幹病院化、南北の砦としての拠点病院化、いくつかの病院の機能特化など具体的な私案をいろいろな場で展開させていただき、少しずつですが動き始めたような感触を得ています。
医療は文化です。「命を救う医療は集約された大病院で、治療方針の決まった疾患は特化した専門病院で、障害者医療は○○病院で、慢性疾患の維持は地域の病院とクリニックで行う」というコンセンサスをつくり出していかなければなりません。「安心のシステム」とは住民に「医療や福祉の流れ」が見えるシステムであると思っています。各病院長の思いだけではなく、地域住民の命と人権を守るために、大学、行政、医療機関、住民が一体となって「安心のシステム」づくりをしなければならない時期にきていると思います。
※ドクターズマガジン2011年1月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
森 俊介
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