記事・インタビュー
JA長野厚生連佐久総合病院地域ケア科
色平 哲郎
近未来の日本社会で大きな社会問題となるのは何か?ここに焦点をあて、以下、日本の政治へエールを送りたい。友人知人に「近未来の社会問題は?」と投げかけてみたところ、さまざまな回答が寄せられた。曰く、食糧問題、エネルギー問題。曰く、安全保障問題、外国人の流入にともなう社会問題。いちいち納得する部分が多い。しかし、今回のコラムでは、現状で、すでに「世界一の高齢社会」となり、諸外国に参考となるモデルを求めることができない我我の社会での、「住宅建築」と「医療・介護」について考えてみたい。私は、住宅とケアという2つの領域を横断的につなげる政策提言を日本政治に期待したい。なぜなら、これらに国民生活上の大きなニーズが潜在するからだ。漠然とした不安感が投票行動につながった今回の総選挙。かなりの高い確率で、次の総選挙での大規模集票にもつながりうる、そんな問題領域である。
都道府県別高齢者数の統計を見ると、2002年から2015年の高齢者増加率は1位が埼玉県77.4%、2位千葉県68.3%、3位神奈川県60.7%と、東京に隣接する3県が飛び抜けて高い。都市近郊における高齢者の実数の急増は、「終の棲家」をどのように確保するかという難題を突きつけてくる。これを私は「3県問題」と名づけたい。また、現在の日本人の死亡者数は年間110万人強の規模で、今後30年間は毎年2万人ずつ増えつづけると予測されている。つまり、2040年前後には年間の死亡者数が170万人規模となり、多死のピークを迎えるのだ。介護施設や病棟ベッドの現況から、都市近郊に「介護難民」があふれることが確実視される。
ノンフィクション作家の山岡淳一郎氏は、高度成長期に建設された都市近郊のニュータウンや団地の住民の高齢化と建物の老朽化、この両者を「2つの老い」と呼んで、いち早くなんらかの対策が必要であると警鐘を鳴らしてきた。山岡氏と対談した折、賃貸、分譲の違いはあれ、高齢化が進むとともに経済の低成長がつづく時代で住環境を安定的に整えるためには従来型のスクラップ&ビルドではなく、味わい深い古建物をうまく再生しながら、そこで住民の医療・介護のニーズを満たす――そんな方向にシフトすべきとの考え方で意気投合した。これまでも高齢者向け賃貸住宅の制度などはあったが、補助金による新築が主体で、「景気浮揚策」と抱きあわせだった。そして、補助金が切れると施設は閑古鳥。いったい誰のための住宅政策か。
住宅は人間の「生存権」にかかわる重大テーマである。今後、「ケアつき住宅」、さらには「ケアつきコミュニティ」が待望されるであろうことは論をまたない。そこで大切なのは、壊して建てるのでなく、今あるものを活用し、改修や改築の方途を探りつつ、医療・介護者のマンパワー、つまりヒューマンウェアをどのように育成・配分するかであろう。
国交省と厚労省、あるいは、文科省と農水省の壁をぶち抜いて、取り組むべき課題は山積している。住宅はヒトの「生存権」に影響する重大なテーマであるにもかかわらず、「タテ割り」行政の弊害もあり、これまで、国交省と厚労省の距離はなかなか縮まらなかった。だが、2007年、医療法人に「高齢者専用賃貸住宅」(高専賃)の建設・運営が解禁され、徐々にではあるが、「医療・介護」と「住宅建築」との距離感が縮まってきている。
たとえば、福岡市で医師が始めたケアつき住宅「楽居」もそのひとつ。5階建て施設の1階が診療所、2階がデイケアセンターで、3階部分が9人収容のグループホーム、そして、4階と5階が14の個室に分かれているという。施設理念は、「選択の機会と自由」と「個人の尊重」、そして、なんと「穏やかな死の援助」なのだそうだ。東京都品川区では都営住宅の跡地を再開発し、5人定員の小規模多機能施設や訪問看護ステーション、40室の高齢者向け優良賃貸住宅「高優賃」、加えて40室の住み替え住宅などからなる公営複合施設を2011年に開設すると聞いた。これらは一ヵ所に「医療・介護」と「居住」を集約した「複合体」だ。一方、高齢者が暮らす小規模施設を、介護や医療の地域ネットワークが支える形態も広がりつつある。認知症ケアの「特効薬」はグループホームであり、「通って、泊まれて、住まう」――この三拍子が融通無碍に溶け合い、そろっていることが「小規模多機能」の条件だ。
さまざまな形態と工夫が、全国各地で「住」と「ケア」を支え始めている。福祉は住宅から始まる。
※ドクターズマガジン2010年2月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
色平 哲郎
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