記事・インタビュー

2017.10.27

塩分摂取が少ないと死亡、 心血管疾患が増加する?

武蔵国分寺公園クリニック
院長

名郷 直樹・五十嵐 博

 日本の成人の1日の食塩摂取量の平均値は、男性11.1g 、女性9.4g と、欧米と比較すると高い値となっています(2013年国民健康・栄養調査結果の概要より)。「塩分は少ないほうが体にいい」という考えは定着している感がありますが、本当にそうなのでしょうか?。
最近、興味深いコホート研究が発表されています。17ヶ国、10万1945人(35~70歳、42%が中国から参加)を平均3.7年間追跡し、早朝尿から推定した24時間尿中ナトリウム排泄量(食塩摂取量が推定可能)と死亡、心血管疾患の関連を検討したものです。総死亡と心血管疾患(脳卒中、心筋梗塞、心不全)の複合アウトカムは、推定食塩摂取量10.0~15.0g/日の群と比較して、推定食塩摂取量17.5g/日を超える群で多い(相対危険1.15、95%信頼区間1.02~1.30)という結果ですが、驚くべきことに、推定食塩摂取量7.5g/日未満の群でも、死亡、心血管疾患が増加していました(相対危険1.27、95%信頼区間1.12~1.44)また、推定食塩摂取量7.5~10.0g/日では相対危険1.01(95%信頼区間0.93~1.09)、推定食塩摂取量15.0~17.5g/日では相対危険1.05(95%信頼区間0.94~1.17)と、推定食塩摂取量7.5~15.0g/日で死亡、心血管疾患が最も少なくなっています。平均的な日本人の食塩摂取量で一番死亡、心血管疾患が少なく、塩分摂取が少ない群では逆に多いのです。この研究では、年齢、性別、教育レベル、人種(アジア系/非アジア系)、アルコール摂取、糖尿病、body-massindex(BMI)、心血管疾患の既往、喫煙の有無で調整して多変量解析が行われていますが、観察研究ですので、これだけでは塩分制限で死亡、心血管疾患が増えるとはいえません。例えば、「塩分豊富な食事をたらふく食べられるのは経済的に恵まれている人だった」などといった未知の交絡因子の影響があるかもしれないのです。
高齢者の塩分摂取については、最近、2642人の高齢者(71~80歳)を10年間追跡したコホート研究が発表されています。死亡については、食塩摂取量3.9~6.0g/日の群で最も少なく、食塩摂取量6.0g/日を超える群では相対危険1.15(95%信頼区間0.99~1.35)と多い傾向にありますが、統計学的な有意差はなく、食塩摂取量3.9g/日未満の群でも多い傾向にありました。先程のコホート研究と同様、ゆるやかなJカーブを示しているようですが、最もイベントが少ない食塩摂取量の値が随分違っています。また、心血管疾患と心不全については、食塩摂取量との関連は認めませんでした。
高血圧の治療では、一般に塩分制限が勧められています。塩分制限をすると血圧が下がり、血圧を下げると脳卒中が減少することは確かでしょう。しかし、塩分制限で血圧が下がり、脳卒中が減少するとしても、食塩摂取量が少ないと死亡、心血管疾患が増加するというコホート研究の結果からは、塩分制限には何らかの害があるのではないかと考えることもできそうです。努力して減塩することの害と益のバランスを考えると、減塩が健康に良いというエビデンスは実は限定的です。逆に日本人の塩分摂取の多さは、高血圧、脳卒中の増加の反面、むしろ何か別の健康に良いことをもたらしているかもしれないのです。
この関係は、低コレステロールによる心筋梗塞の減少と、脳出血の増加のトレードオフを思い出します。私自身が関わった自治医大のコホート研究でもコレステロールと死亡の関係がU字型であることが示されています。3)BMIと死亡の関係も同様です。4)どんなことにも害と益があるということはあらゆる場面で普遍的なのではないでしょうか。

【参考文献】

(1) O’Donnell M, Mente A, Rangarajan S, et al. ; PURE Investigators.
Urinary sodium and potassium excretion, mortality, and cardiovascular events. N Engl J Med . 2014 Aug 14;371(7):612-23. PubMed PMID:25119607.

(2) Kalogeropoulos AP, Georgiopoulou VV, Murphy RA, et al. Dietary Sodium Content, Mortality, and Risk for Cardiovascular Events in Older Adults: The Health, Aging, and Body Composition (Health ABC) Study. JAMA Intern Med . 2015 Jan 19. PubMed PMID: 25599120.

(3) Nago N, Ishikawa S, Goto T, Kayaba K. Low cholesterol is associated with mortality from stroke, heart disease, and cancer: the Jichi Medical School Cohort Study. J Epidemiol . 2011;21(1):67-74.

(4) Zheng W, McLerran DF, Rolland B,et al. Association between bodymass index and risk of death in more than 1 million Asians. N Engl J Med . 2011 Feb 24;364(8):719-29.

※掲載中の記事は『Doctor’s Magazine』掲載当時のままとなっております。
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※ドクターズマガジン2015年4月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。

名郷 直樹、五十嵐 博

塩分摂取が少ないと死亡、 心血管疾患が増加する?

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