記事・インタビュー
みえ医療福祉生活協同組合 三重家庭医療センター
高茶屋診療所 所長
宮崎 景
毎年、自治体から各家庭に、健康診断やがん検診の受診票が郵送されてきます。有名スポーツ選手や芸能人が人間ドックを受けているという情報がテレビで流されます。
これだけ大々的にやっていると、「健診やドックを受けることで健康が保障される」と一般市民は信じるでしょうし、そこに何の疑問も持たない医師も多いのではないでしょうか?でも、こうした健診センターでの集団健診や人間ドックを大々的に行っているのは、世界中見渡しても日本ぐらいです。世界に誇れるものならよいのですが、果たして本当にそうでしょうか? 2012年には「コクラン・レビュー」が「集団健診(検尿、心電図や一般採血を含む)が病気の早期診断・治療に役立つ、あるいは死亡率を下げるとは言えない」と結論づけています。これは何も目新しいことではなく、以前から知られていたことをまとめただけです。
もちろん、予防医療に関係する介入がすべて無意味だと言っているわけではありません。50歳以上向けの大腸がん検診や子宮がん検診など、個々に意義のあるスクリーニングや介入はあります。これは2004年の厚生労働省・科学研究費補助金事業の報告(福井班による)でも明らかになっており、法律で規定されている健康診査、がん検診などの25を超える介入項目のうち、「利益が害を上回る」というエビデンスが示されているのは半分以下。人間ドックでは、腫瘍マーカーやPETを含む画像検査など、さらに多くの医学的根拠に乏しい検査が野放し状態になっています。
「ムダな検査でも個人の選択だし、安心が買えるならいいじゃないか」とつぶやかれる先生もいらっしゃるかもしれませんが、ムダな検査をすることには、お金の問題だけでなく、偽陽性による精密検査の害、ラベリングによる精神的苦痛などなど、あまり意識されていない害がたくさんあります。
個人の選択と言っても、国が税金を費やして健診を受けるように促したり、ドックを行う施設がパッケージを商品として勧めたりしているわけですから、提供者側にも責任があります。
予防医療はそもそも余計な御節介なのですから、提供者側に「この商品は確実にあなたの健康度をあげます」という説明義務があるのです。
では、どうしたらよいのでしょうか? 一つの答えは、一律の集団検診ではなく、個々の患者さんの年齢、リスクに応じた予防医療を提供することでしょう。
例えば、アメリカではUSPSTF (U.S.Preventive Services Task Force)という組織が、医師向けに、各患者に最適な予防医療を提供するための情報をアップしています。私もレジデント時代は、ここの提供するスマホの無料アプリを愛用していました。これは、患者さんの年齢・性別・リスクをクリックすると推奨される項目がリストアップされる、というものです。あくまでもアメリカ人のデータですので、そのまま日本人に当てはめるわけにはいきませんが、参考にはなります。全般的な傾向としては、日本のようにひたすら検査をするのではなく、アルコール・タバコ・うつ・肥満のスクリーニングと介入が重視されています。よくわからない腫瘍マーカーをひとつオーダーするよりも、喫煙の有無と禁煙の意思確認をするほうが、患者さんの健康にははるかにメリットがあるはずです。
自分たちが提供する予防医療が本当に患者さんのためになっているのか。一度立ち止まって、よく考えてみてはいかがでしょうか。
【参考文献】
(1)Krogsbøll LT, Jørgensen KJ, Grønhøj Larsen C, Gøtzsche PC. General health checks in adults for reducing morbidity and mortality from disease. Cochrane Database of Systematic Reviews 2012, Issue 10 Systematic Review: The Value of the Periodic Health Evaluation
(2)福井次矢ら「最新の科学的知見に基づいた保健事業に係わる調査研究」(基本的健康診査の健診項目のエビデンスに基づく評価に係る研究 平成17年度分担研究報告)
http://minds.jcqhc.or.jp/n/medical_user_main.php#
(3)U.S. Preventive Services Task Force.
http://www.uspreventiveservicestaskforce.org/recommendations.htm
※ドクターズマガジン2014年7月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
宮崎 景
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