記事・インタビュー
東京ベイ浦安・市川医療センター
内科
平岡 栄治
74歳男性、10年前にアルツハイマー病と診断され、最近食事をとることを拒否するようになった。毎日点滴が必要になり医師と家族の間の相談で、ポートキャスを留置することになった。留置後にカテーテル感染、黄色ブドウ球菌血症となったため大学病院へ転院となった。
最近、癌緩和ケア講習会が全国的に行われており癌患者本人への告知や緩和ケアは比較的日本でも常識的になってきました。私が医師になった1992年には告知も非常識であり、麻薬を使うのは文字通り〝最後の手段〞とされていました。私が米国で内科研修後2004年に帰国したときも、それと大きな違いはなくやはり家族に告知がされ、本人への告知には家族の許可がいるような状況でした。最近ではそういった状況でも家族に告知の意義を説明し、本人へ告知し本人の価値観や好みに従って治療方針が決定されます。さらに家族にも告知するかどうかすら本人が決めるべきことというごくあたりまえのことを行う医師も出現しはじめました。癌患者に関しては本人の価値観や希望が大切にされてきています。
一方、非癌患者はどうでしょうか?癌で死ぬのは納得できるが、肺炎で死ぬという選択肢はもちあわせていない、などという考えは患者、家族のみならず医師ですらいます。肺気腫、心不全、透析、それに症例であげたようなアルツハイマー認知症、すべての病気には早期から末期のステージがありますが、それが認識されていないこともしばしばです。なんといっても悪性疾患で死亡する人は日本では30%くらいで、その他の70%は悪性疾患以外の疾患または事故で亡くなられています。
上記の症例をみてみましょう。この症例は認知症の終末期と考えます。アルツハイマー認知症のステージとしてFunctional Statement of Alzheimer’s type (FAST)(Stage 1-7) がありますが、Stage7 では発語がなくなり、昏迷状態になります。次第に食事摂取量も少なくなり嚥下機能も低下し、時に食べることを拒否するようにもなります。診断から数年から10年かけてこういった終末期になります。全く準備なしに、いよいよStage7 になって患者の息子や娘に「胃瘻またはポートキャスを作成しなければあなたの父親は餓死します」などと言えば家族は同意せざるを得なくなるかもしれません。終末期になっても多くの患者が意思決定能力を有している癌患者とは違い認知症患者には意思決定能力がなくなりこのように家族に説明と同意を行うことになるわけです。
このように意思決定能力がなくなる疾患の場合どうすればよいのでしょうか?病初期でまだ意思決定能力を有しているときから終末期になった時にどのように過ごしたいのか、胃瘻を作るか、食べることができなくなればそれで最期と思えるのか、など本人、できれば家族も一緒に本人の意向、価値観を聞くことが大切と考えます。そうすれば家族も心の準備が可能かもしれません。
日本では高齢者の場合、〝キーパーソン〞なる人(通常は家族)と医師の間の話し合いで決まっていくことをしばしば見ます。〝キーパーソン〞は米国ではSurrogate decision maker(意思決定代行人)と呼ばれていますが、その内容は全く異なります。意思決定代行者は患者に成り代わって〝患者ならどうしてほしいか〞と考えることができる人、すなわち患者のこと、患者の価値観をよく知っていてそれに沿って決定できる人です。できれば患者に意思決定能力が残っている間に自身に意思決定代行人を決めていただくのがよいと考えます。本人に意思決定能力が無く、さらに意思決定代行人を指名していない
場合、上記のことを家族に説明し、〝本人の価値観を一番よくわかっている人〞を意思決定代行人にしていただくことが大切と考えます。
医師はこれらを患者、家族に説明する義務があると私は考えます。家族が家族自身の価値観・希望で決定すれば家族が後々後悔したり悲嘆にくれたりする原因になる可能性もあります。たとえ本人に現時点で意思決定能力がなくなっていたとしても本人ならどうするか、本人の価値観に照らし合わせてベストの選択肢はどれか、意思決定代行人とともに考えるのが大切です。
監修:岸本 暢将[聖路加国際病院アレルギー膠原病科(成人、小児)]
※ドクターズマガジン2012年7月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
平岡 栄治
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