記事・インタビュー

大阪大学名誉教授
仲野 徹
髙橋 秀実(著)/集英社インターナショナル発行
髙橋 秀実(著)/新潮社発行
髙橋 秀実(著)/新潮社発行
ノンフィクションライター髙橋秀実さんの訃報には本当に驚きました。まだ62歳という若さだったこともありますが、その少し前に知り合いの書評家の方と元気に対談されていたのを知っていたからです。2~3度しかお目にかかったことがありませんが、柔和でとても素敵な人でした。全ての著書にそのご性格がにじみ出ていて、大ファンでした。同じ作家さんの本は同時に2冊以上取り上げないことにしているのですが、今回は哀悼の意を込めて、ヒデミネさんの本3冊を紹介させてください。
1冊目は遺作となった『ことばの番人』を。昨年の9月に発刊されたばかり。ヒデミネさんがお亡くなりにならなくとも紹介する予定にしていた本である。じつにさまざまなテーマについて書いてこられたヒデミネさんだが、これが最高傑作かもしれない。
ヒデミネさんの本はそのほとんどがインタビューででき上がっている。さまざまなテーマについて、えっ、そんな人のところにまで行くんか、そして、そんなことまで尋ねるんか、と驚かせてくれるのが楽しい。そして、それ以上に、ヒデミネさんの考察やレスポンスが素朴にして納得できて、面白すぎるのだ。
『ことばの番人』は校正についての本である。帯には「校正者の精緻な仕事に迫るノンフィクション。」と赤字で書いてある。校正者さんには本当にお世話になっている。いっぱい赤の入った原稿が戻されてくると、恥ずかしすぎて赤面しながら(←ちょっと盛ってます)、よくぞここまでご指摘くださったと頭を垂れてしまう(←これは本当)。これはようせんわなぁという仕事はたくさんありますけど、その最右翼が校正なんやから興味津々。
校正は思っていた以上に奥が深い。いや、深すぎる。「基本は照合」とか「とにかく集中力の仕事」というのはわかる。しかし、「文章を理解するのではなく、字を見つめる。指で押さえながら一字一字確認していく」とか、「本気で校正すれば、間違いは絶対に見つかります」とかいう校正者さんたちの言葉を聞くと、感動するしかない。「辞書は根拠です」と語る伝説的な校正者さんは、文字通り本に埋もれて暮らしておられる。広辞苑は7版までしかないのに、何と100点以上も持っておられるというからすごすぎる。同じ版でも第何刷かによって内容が変更されることがあるかららしい。さらには製本所の違う広辞苑までそろえておられるというから、頭がクラクラしてくる。そこまでせんでもええやろうに。
何人もの校正者さんの話を聞きながら、正しいとは何か、意味とは何かにまで思いをはせていくヒデミネさん。最後は日本国憲法の誤植から、何と、DNA複製における校正、すなわちDNAポリメラーゼのミスマッチ修復にまで話がおよぶ。この自由闊かったつ達さがヒデミネさんの真骨頂だ。
最初に読んだヒデミネさんの本は、ラジオ体操がどのようにして生まれたかや、ラジオ体操愛好者とはどんな人なのかということに迫った『素晴らしきラジオ体操』(残念ながら絶版)だった。もう20年も前のことになる。以来、全てとは言わないが、ほとんどの本を読んできた。どれも面白いのでどの本を紹介すべきか困ってしまうが、2冊目は小林秀雄賞に敬意を表して、その受賞作『ご先祖様はどちら様』を。これはヒデミネさんがご自身のルーツを探られた旅のノンフィクションだ。
たぶんいちばんよく売れた『「弱くても勝てます」:開成高校野球部のセオリー』を3冊目に。あの超進学校、開成高校野球部の話である。練習は週に1回だけ、相当な運動音痴のヒデミネさんをして「下手なのである。それも異常に」と言わしめるレベル。しかし、ドサクサに紛れて勝つという作戦で、そこそこ勝利を挙げるのが素晴らしい。何といっても指導者である青木監督がユニークすぎるのだが、生徒たちもユニークで、頭がいいだけあっていろんな理屈が達者なのがおもろすぎる。
ラスト、1冊目に戻ります。
「みんな自分の中に校正者を持ってはどうでしょう。世の争い事の多くは『校正不足』が原因ですから。間違い探しや揚げ足取りをするのではなく、校正能力を身に付ける。そうすれば今よりも平和な社会になるんじゃないかな。」
週刊プレイボーイのニュースサイトにある『ことばの番人』をめぐるインタビュー、その結びの言葉である。お亡くなりになられたのが、しみじみ悲しい。ヒデミネさん、ホンマにええ人やったなぁ。ご冥福をお祈りいたします。
今月の押し売り本
今月の押し売り本
今月の押し売り本
仲野 徹
隠居、大阪大学名誉教授。現役時代の専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。
2017年『こわいもの知らずの病理学講義』がベストセラーに。「ドクターの肖像」2018年7月号に登場。
※ドクターズマガジン2025年2月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
仲野 徹
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