記事・インタビュー
大阪大学名誉教授
仲野 徹
#19
スザンヌ・オサリバン(著)/紀伊國屋書店 発行
小笠原 文雄( 著)/小学館 発行
オリヴァー・サックス(著) 高見 幸郎、金沢 泰子(翻訳)/早川書房 発行
「謎の病」と聞くと、ミステリーみたいで面白そうと思わはりますやろか? それとも、なんやその胡散臭い話は、と思わはりますやろか?今回の一冊目は、前者はもちろん、後者みたいな人も楽しめて勉強になる本をば。
『眠りつづける少女たち』は、サブタイトル『脳神経科医は〈謎の病〉を調査する旅に出た』とあるように、通常の「医学常識」だけでは理解が不能な謎の心因性疾患についての本である。最初に紹介されるのは、延々と眠り続ける「あきらめ症候群」と名付けられた疾患についてである。
そんな症候群は聞いたことがない、とおっしゃる人がほとんどだろう。それもそのはず、スウェーデンのある地域限定で、特定のグループの子どもたちだけが発症する病気なのだ。2015年から16年の2年間に169人だから、決して少ない数ではない。それも、シリアでの戦争を逃れてスウェーデンに渡り、難民申請をしたが認められなかった子どもたちだけに発症したのだから。
検査所見には異常がなく、ただただ眠り続ける。状況から考えて、心理的要因が関係するのは間違いない。しかし、心身症として片付けてしまうのは適切ではないという。かつて鉱山で栄えたカザフスタンの町での「眠り病」、難民としてアメリカに移住した東南アジアのモン族に多数生じた「原因不明の突然死」、コロンビアの女子学生に集団発生した「解離性発作」などなど、似たような原因によると考えられる集団発生案件が世界各地にいくつも存在するのだから、問題はそう単純ではない。そのような病気を訪ね歩き、共通した原因を探っていく。
こういった病気を理解するには、1977年に精神科医ジョージ・エンゲルが提唱した「生物・心理・社会モデル」が適切だというのが結論だ。疾患の発症には、生物学的および心理学的な要因だけでなく、社会的要因も重要とする考えである。その考察は相当に緻密であり、十分な説得力を持っている。こういったケースでは、深入りしてしまい、得てして患者への共感や同情が強くなりすぎてしまうことが多いのだが、著者は健全なる懐疑心を保ち、極めて科学的な態度をとり続けている。これは特筆に値する。
どうです? こころや社会的要因がからだに及ぼす影響ってホンマに大きいんですわ。もうひとつ、逆ベクトルですけど、最近読んでえらくびっくりした本があるんです。それは、小笠原文雄先生の『最期まで家で笑って生きたいあなたへ』(小学館)。どっかで聞いたことがある名前やなぁと思われた人もいたはるでしょう。本誌の5月号「ドクターの肖像」に登場された先生の本ですわ。
末期のがん患者を退院させて自宅療養に切り替えるとすごく元気になる、延命効果もある、というウソみたいな内容の本です。あまりに面白かったので対談を申し込み、根掘り葉掘り質問させてもらいましてん。いちばん聞きたかったのは、どうしてそんなことが起こるのかということ。
病院でのストレスと、それとは真逆の家での安心感や自由さがその理由だろうとのことでした。まだ半信半疑のところもありますけど、たくさんの症例があるんやから納得せざるを得ませんわな。興味がある人は【小笠原文雄×仲野徹】で検索して、ぜひ見てみてください。むっちゃおもろくて勉強になりまっせぇ。ホントに素敵な先生ですわ。
『眠りつづける少女たち』の宣伝文句によると、著者スザンヌ・オサリバンは、『妻を帽子とまちがえた男』(早川書房)など数々の名作を残した脳神経科医、あのオリヴァー・サックスの後継者として注目されているという。オリヴァー・サックス、そして眠りときたら『レナードの朝』を紹介せずにはいられない。
1969年、嗜眠性脳炎の患者が、当時開発されたばかりの新薬であったL-ドーパで長い眠りから目が覚めるという話だ。大好きなロビン・ウィリアムズが医師、患者をロバート・デ・ニーロが演じた同名の素晴らしい映画を見られた人も多いだろう。映画はあくまでも事実に基づいたフィクションだが、本は20人の患者についてのノンフィクションなのでずいぶんと趣が違う。けれど、それだけに読み応えは満点だ。
医学って難しおますなぁ。やたらと数値化できる検査とか画像診断とかは進歩してますけど、こころの中なんかはそんなことしても分かりませんわな。そのあたりを理解するには、医学の勉強ばっかりしてんと、いろんな本を読んだり映画を観たりせなあきませんで。ほな。
今月の押し売り本
今月の押し売り本
今月の押し売り本
仲野 徹
隠居、大阪大学名誉教授。現役時代の専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。
2017年『こわいもの知らずの病理学講義』がベストセラーに。「ドクターの肖像」2018年7月号に登場。
※ドクターズマガジン2023年8月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
仲野 徹
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