記事・インタビュー
メディカルトピア草加病院 病院長
金平 永二
映画のセリフには、しばしば制作に関わった誰かの哲学が練り込まれているように思える。例えば『マトリックス』(1999年)のような映画は、そんなセリフに満ち溢れている。
エージェント・スミスが言う。“But, as you well know,appearances can be deceiving, which brings me back to the reason why we’re here. We’re not here because we’re free. We’re here because we’re not free. There is no escaping reason; no denying purpose. Because as we both know, without purpose, we would not exist.” 未来を描いた映画だが、実は時間軸に影響されない普遍的哲学である、目的と存在について主張しているように思う。
私は60年にわたる人生の中で、多くの過ちを犯してきた。その大半は「手段」を「目的」に見誤ったことに起因した。目的は事業を完遂することだったのに、いつのまにか自我を通すことにすり替わっていたことがあった。事業も迷走したし、人間関係も崩れた。30年前、内視鏡外科手術の黎明期にも似たような経験をした。当時高難易度とされていた内視鏡外科手術を完遂することが、この分野のパイオニアを自負していた私の目的と拘泥したのだ。粘り過ぎたあげく開腹手術に移行し、手術時間は通常の3倍に達した。幸い患者さんは問題なく経過したが、私の心は平穏ではなかった。内視鏡外科手術は目的ではなく手段だったはずだ。
最良の手段についての探求は重要で、それ自体が目的になり得る。しかしその手段を使って何かを遂行しようとした瞬間、それは目的ではなくなる。私は感情や欲に翻弄され、混迷してしまったのだ。
「 A rose by any other name」と題したeditorialを書いたのはAlfred Cuschieriだ1)。内視鏡外科手術が始まった頃、外科医たちはminimally invasive surgery (低侵襲外科)という言葉を代名詞として使い始めた。Cuschieriはしかし、体内で行われる部分の侵襲は同じで、アプローチ経路が低侵襲になっただけだからminimal access surgeryという言葉が妥当だと主張した。しかし、結果は思わしくなかった。すでに市民権を得てしまった言葉、「minimally invasive surgery」はさらに普及した。Cuschieriは『ロミオとジュリエット』の名言を巧みに引用し、名前は何であってもバラは芳しいとして、反対の立場を取っていた用語を包容した。Cuschieriにとっての真の目的は、正しい名前を認めさせるために自我を通すことではなく、自ら先頭を切って実践している新時代の手術を、安全に普及させることとわきまえていたのだろう。
未来を妄想するのは、至福の時間だ。手術用マニピュレータ(世間では手術用ロボットと呼ばれている)はどんなふうに発展するのだろう。かんし鉗子はさらにファインになり、超音波凝固切開装置も組み込まれるだろう。8K3Dは当たり前か。
コンソールはファーストクラス並みにリラックスしてオペできるようになるに違いない。胃の中に入るマイクロ・マニピュレータは、ボトル・シップのように胃内で組み立てられ、搭載された顕微鏡によりリアルタイムで病理診断と病変切除が可能に。AIはどうだ。まずはナビゲーションをやるようになるだろう。解剖誤認や判断ミスなどのヒューマンエラーはゼロに。そのうちマニピュレータもAIが操作する時代に。そうなればこれは真のロボットだ。そのときは人間外科医もついに失業か……妄想は果てしない。
いわゆる手術用ロボットは人々の夢を乗せ、普及と進化の一途をたどっている。しかし何年先であろうと、これで手術する限り、それは目的ではなく手段であることに変わりはない。どんなに魅力的な新しいロボットを使うときでも、一旦オペが始まったら、このルールは絶対だ。目的はロボットの魅力を確かめることでもなく、ロボットに対する外科医の興味を満たすことでもない。目的は明確かつひとつしかない。患者さんがハッピーに家に帰ること。未来に馳せる思いの数々も、時間軸に影響されない普遍的な哲学や倫理に裏打ちされている。
Cuschieriが問いを投げかけたように、ロボットが本当にさらに低侵襲な手術を実現しているか否か検証を怠ってはいけない。他にもっと安価で平易に同じ目的を達成できるすべがあるのなら、あえてロボットを使う必要があるのだろうか。真の目的を見失っていると、そんな当たり前のことすら忘れてしまいそうだ。
1) Cuschieri A. “A rose by any other name …” Minimal access or minimally invasive surgery?. Surg Endosc. 1992 Sep-Oct;6(5):214.
金平 永二かねひら・えいじ
1985年金沢大学医学部卒業。1991~1992年ドイツTuebingenにて内視鏡外科の臨床研修。帰国後内視鏡外科のスペシャリストに。
2002年フリーランスへ。国内外で執刀。2005年四谷メディカルキューブ、2008年上尾中央医科グループ内視鏡外科アカデミー代表、2012年メディカルトピア草加病院院長就任。「ドクターの肖像」2016年4月号に登場。
※ドクターズマガジン2021年7月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
金平 永二
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