記事・インタビュー
一般社団法人 日本静脈経腸栄養学会 理事長
藤田保健衛生大学医学部 外科・緩和医療学講座 主任教授
東口 髙志
2015年9月19日は、東京でも青空が広がる暖かい土曜日だった。高齢者天国といわれる巣鴨のとげぬき地蔵さんの目抜き通りは、多くの参拝者と観光客でごった返していた。そこへおそろいのオレンジのTシャツを着た軍団が集結してきた。70人程の集団は、全国から集まっているようだった。
オレンジのTシャツの胸には「食力(しょくりき)」、背中には「元気に食べてますか?」という文字がプリントされていた。メインストリートの脇にあるオープンスペースに集合し、一斉に通りを歩くご高齢の方々を口説き始めた。次から次へと高齢者がスペースに促されて、用意された30程の椅子に腰を下ろした。すると、別のチームがやって来て、なにやら楽しそうに話しかけている。
オレンジ軍団はそれぞれ医師、歯科医、看護師、薬剤師、管理栄養士などの職業を示す腕章を着けている。話の内容は、低栄養や食、身体の筋肉量などについてだった。〝サルコペニア〞、これは筋肉量が減少することを意味し、年齢と共に進行し生活の質が徐々に障害され遂には要介護となってしまう。60歳以上の15〜30%、80歳以上では50%の方がそれと診断される。これを予防すべく立ち上がったオレンジ軍団。大きな幟(のぼり)にはWAVES の文字がたなびいていた。
わずか2〜3時間のことであったが、あっという間に1000人以上の将来要介護になる可能性の高いお年寄りにサルコペニアの診断と予防法を説明してしまった。そしてきれいに掃除して、近隣のお店に挨拶を済ませて、消えていった。後日、この模様は多くのメディアに取り上げられたが、その時そんなことは誰も期待していなかった。
わが国の高齢化は著しく、年々医療を必要とする高齢者は増加の一途であり、2012年に120万人だったわが国の年間死亡者数は、2035年には170万人に達するとされている。高齢化に伴い一人が有する併存疾患も増え、医療単価や必要とされる医療資源も増加するが、支えてくれる年齢層は減少する。このままでは将来、この+ 50万人(170万人-120万人)の患者さんが安心して医療を受ける場所、あるいは人生を全うする場所が存在しなくなる。
そのなかで「栄養サポートチーム(NST)加算」を背景としてわが国の栄養療法は着実に医療の基盤を担うものとして足場を固めつつある。
しかし、医療の外に目を向けると、現在の脆弱な体制では多くの人々を支えることは困難である。そこで、次に注目されるのが「社会栄養学」である。
一般に高齢者の栄養障害は、①サルコペニアを主体とするエネルギーと蛋白の摂取不良による慢性期型栄養障害(Marasmus)に、②疾患に罹患して蛋白の摂取障害や代謝亢進による急性期型栄養障害(Kwashiorkor)が、加わった③混合型栄養障害であることが多い。
このような栄養障害はProtein-Energy-Malnutrition(PEM)と呼ばれ高齢者医療における大きな予後不良因子である。入院時にPEMがあると転帰は不良であり、それを回避するために入院直後からのNSTが必要となる。
一方、入院前に栄養状態が良好であればNSTの負担も軽減され、予後も良好となる。したがって、高齢社会においてはいかにして『医療の前を固めて』PEMの人々を少なくするかが大きな鍵となる。すなわち、地域住民の皆さんの栄養療法に関する知識を高め、同時にそのニーズに応えるシステムが必要となる。それが社会栄養学であり、オレンジ軍団が実践して見せた “WAVES:We Are Very Educators for Society(地域住民への栄養学的リスク回避教育)”である。
現在、WAVES を支援および実施するために、WAVES CAFÉ(一般人主体)とWAVES JSPEN(一般社団法人日本静脈経腸栄養学会主体)が活動を開始している。この活動が次世代の医療の基盤を支え、私を含めた将来の高齢者がそれぞれの地域でいきいきと生き、幸せに逝ける社会の創設につながればと思う。
ひがしぐち・たかし
1981年、三重大学医学部卒業。肝胆膵外科、代謝・栄養学、緩和医療学を専門とする。JE Fischer 教授に師事し、1998年、鈴鹿中央総合病院にわが国初の全科型栄養サポートチーム(NST)を設立。2003年、わが国初の緩和医療学講座教授に就任。2012年より日本静脈経腸栄養学会理事長を兼務。
※ドクターズマガジン2016年2月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
東口 髙志
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