記事・インタビュー
亀田ファミリークリニック館山
院長
岡田 唯男
インフォームドコンセントの2つの非常識一般的にまん延する2つの誤解について、私見と提案を述べたい。以下の2つの文章、正しいと思われるだろうか、どうだろうか。
1 患者の自己決定権を尊重し、納得のいく決断、健全な自己決定をさせるため、意思決定に必要な情報は「全て」「必ず」開示せねばならない。
2 インフォームドコンセントは患者の自発性(自己決定権の尊重)に基づくため、医療者が患者の最大関心利益を鑑みて治療方針を父権的(パターナリスティック)に決定してはならない。
この2つの原則が正しいという仮定に基づいた場合の、やり取りの例を挙げてみよう。
医師「あなたの〇〇にがんが見つかりました。全身に転移しており、根治の見込みはありません。 腫瘍を小さくする方法に緩和的手術や放射線治療、抗がん剤などがありますが、何もしない場合と比較して、予後の延長が見込めるのは1ヶ月程度です。(それぞれの治療法や利点欠点を示した上で)近いうちにご希望を教えて下さい」
患者「そんな、自分では決められません!」
医師「あなたの人生ですから、大切な人とよく相談して、ご自身で決めてください」
多くの医療者には自然な会話かもしれない。インフォームドコンセントの三要素は「情報・理解・自発性」とされるが、二要素を考えてみよう。
情報:「知る」ことは、逆戻りのできないプロセスである。知らない状態に戻してほしい、と言われても、それはできない相談だ。「知りたくないこと」を無理矢理知らせるのは暴力的ですらある。臨床倫理の原則の一つ「do no harm(無危害原則)」からしても、「希望しない患者に意思に反して情報を伝えること」は倫理に反する。 「知る権利」同様に「知らないでいる権利」も存在する(例外は感染症等他者に害が及ぶ可能性のある場合)。そして、これらは「権利」であり「義務」ではないことを確認したい。※3 ※2 ※1
まとめると、患者は「何を、どのぐらい知りたいかを自分で決める」権利を有する。この権利を尊重するには、「(確定的な検査の)結果が出る前に」意向を尋ねるしかない。本来、これは紹介前の医師(家庭医・かかりつけ医)の仕事であり、確定診断検査をする医師の仕事ではないが、残念ながらほとんど実施されていないのが現状だ。
「大腸カメラ検査に同意した患者」の例を示す。
医師「検診で便に血が混じっていることが分かりました。中には大腸がんの方もいますので、次はそれを確定するための大腸カメラが必要です。知りたくない方もいらっしゃいますので、検査前に皆さんにお聞きしています、検査の結果、がんがあった場合、お伝えしてもよいでしょうか?」(希望の場合)「その時、一緒に聞いてほしい人はいますか」(希望しない場合)「では、代わりにどなたにお伝えすればよいですか?」告知の場では、患者に「何をどれだけ知るか」を決める権利がある。要望を加味しながら、全てを伝えるのではなく、少しずつ情報を提示し、本人が最も知りたい疑問に過不足なく答えるようにする。情報は多過ぎないことも重要だ。
「患者の自己決定権を尊重すべきだから、必要な情報を全て伝えねば」という一方的な信念にもとづき、「患者本人の意向を無視して」情報を伝えることは、患者の「何をどのぐらい知りたいか」を決める自己決定権を尊重していない。その行為は、「一般人はちゃんと理解できないのだから、専門家が彼らの利益を尊重して方針を決めるべきだ」という一方的な父権主義(パターナリズム)と同じ、もしくはそれ以上に父権的だ。
自発性(自己決定権):欧米と日本の違いであると決めつけるのは危険である。海外でも「先生に決めてほしい」という患者は少なくないし※3 ※4、「自分でちゃんと決めたい」という日本人も多い※5。「自分で決めるのが当然」「決められないからこちらで決める」と判断するのは、「どうやって決めたいか」の自己決定権の侵害である。
医療者側が父権的に「本人に代わって」「本人の最大関心利益を尊重して」決めた、という事実は同じでも、「誰と、どのように決めたいか」と、一度決断を相手に委ねる過程を踏むことによって、決定は患者の希望のもとに行われることになり、患者は「決断を他者に委ねる」という自己決定を行ったことになる。それこそが、パターナリズムと対極にある、自己決定権の最大尊重なのだ。
【参考文献】
1) Jpn. J. Human Gnet. Vol. 40, No.4(1995)綴じ込み
2) J. Med Ethics 2004; 30: 435-440
3) Curr. Opin. Crit. Care. 2008; 14(6): 708-13
4) Behav. Med. 1998; 24(2): 81-8
5) BMC Fam Prac. 2004; 5: 1
※ドクターズマガジン2014年11月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
岡田 唯男
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