記事・インタビュー
慶應義塾大学病院
循環器内科
香坂 俊
これまではバーガーについてくるフレンチポテトのように心不全と言えば利尿薬、そして効果がなければそれを倍々ゲームで増やしていくというイメージがありました。とにかく腎臓を叩いて叩いて、反応があるまで頑張り続ける。House of God という米国の小説には徹底的に叩くためのラシックスの適切な使用量は、
「 BUN + 年齢 」
であるとする、かなりダイナミックなルールもでてきます。そして、きちんと腎臓が反応して利尿をはかることができれば、患者さんの状態はみるみるよくなり、これぞ循環器内科!という劇的な展開を迎えることができます。
しかし、実は心不全治療の要と考えられているこの利尿薬については、急性期でも慢性期でもだんだんとその地位の地盤沈下が進んでいます。まるでどこかの国の政権与党のようですが、この稿では利尿薬の使い方を通じて最近の心不全治療のエビデンスの指し示す方向を見ていきましょう。
そもそも利尿薬の処方が心不全患者の予後を改善するか否かについては、驚くべきことにエビデンスがほとんど存在しません。この点について、うっ血が強い患者さんや、あきらかに容量負荷がかかっている方(体重や全身浮腫が著明な方)については利尿薬の使用が心不全患者さんの症状のコントロールに必要なことは自明の理であり、慢性心不全患者を「利尿薬投与群」と「利尿薬非投与群」にランダム化して予後を調べるというような臨床試験が倫理的に許されないとされてきました(これはちょうど感染症に対する抗菌薬のランダム化試験が許されないということに似ています)。そうした事情で現行のガイドラインでも、うっ血に基づく症状を有する左室収縮能の低下した患者に対するループやサイアザイド系利尿薬の使用はclass I(絶対に使う!)に位置付けられています。
このように心不全の治療に欠かせないループ利尿薬ですが、最近そのあまりに大容量での使用は予後を悪化させていることを示唆する知見が蓄積されつつあります。たとえば、ESCAPEという試験のサブ解析ではループ利尿薬の使用量が多いほど予後が悪く、これは影響しうる他の因子の影響を統計的に補正しても同様でした。また、ジギタリスの効果を検証したDIG試験のサブ解析でも、ループ利尿薬やサイアザイド利尿薬を服用している患者の予後は比較的悪かったと報告されています。
これらはすべて後ろ向き研究ですが、「利尿薬をたくさん服用している患者ほど予後が悪いのは、重症な患者ほど心不全症状のコントロールに多量の利尿薬が必要なためである」ということだけではないことを示唆しています。
この分野での最も新しい研究はDOSE -HFと呼ばれる前向きランダム化試験ですが、この試験では急性期に低用量(それまでの経口投与量と同じ量を静注投与)と高用量(それまでの経口量の二倍量を静注投与)に分けて追跡すると、明確な差はないものの、高用量群の方が腎機能を悪くするようだという結果が得られています(N Engl J Med 2011; 364 : 797 – 805)。
こうした利尿薬大量投与による予後悪化の機序としては、反射性の交感神経亢進やレニン・アンギオテンシン・アルドテロン系の亢進が考えられています。これはループ利尿薬の半減期が短いために、投与の都度血管内ボリュームの変動が大きくなることが原因です。いってみれば心不全の慢性期に予後を改善するとされている、ACE阻害薬やアンジオテンシン拮抗薬(ARB)と正反対の効能ですね。
何事も過ぎたるは及ばざるが如し、ということでしょうか。余談ですが、筆者は米国と日本の利尿薬の投与量の違いに衝撃を受け、あまりに控えめな量の日本の治療方針に不安をおぼえて検証したことがあります。後ろ向き解析でしたが、いちおう問題はありませんでした(Cardiology 2009;114(2):89)。
結論として、心不全への利尿薬使用はうっ血に伴う症状のコントロールには有用ですが、ランダム化試験に裏付けされたエビデンスがありません。最近の知見では、高用量のループ利尿薬の使用は長期的には予後を悪化させる可能性があると言われていますので、利尿薬は使用するとしても症状のコントロールに必要な最低量を使用し、さらにできれば長時間作用型の利尿薬の使用が望ましいと考えられます。
監修:岸本 暢将[聖路加国際病院アレルギー膠原病科(成人、小児)]
※ドクターズマガジン2012年3月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
香坂 俊
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