記事・インタビュー

2025.05.23

【Doctor’s Opinion】諮詢なき建白書〜 危機を正しく伝え、明日の議論を 〜

一般社団法人 高知医療再生機構 理事長

倉本 秋

私の履歴、職歴のキーワードを並べると、表面型大腸がん、ストーマリハビリテーションと創傷治癒、総合診療、医学教育、国立大学法人の病院経営、そして医師の育成になる。一つの課題の解決の後には決まって新しい命題の舟が横付けされるが、悩む暇もなく、いつもスタッフや友人が荒波を越えることを手伝ってくれた。前記の脈絡のない単語群に共通項を求めると、明けやらぬ時間帯に道理にあったように、しかも反骨的に針路をとることかもしれない。

半世紀の時間の中で国が絡んだいくつかの予算の使い方を学び、その方針を垣間みることができた。国立大学法人化直後の病院では、職員全体が経営努力して産み出した増収が、自己資本によるPET|CTの購入や福利厚生の充実につながった。しかしその間にも国立大学の予算は縮減し、もはや余白は残されていない。また2009年には、47都道府県に一律に50億円ずつ配分された地域医療再生基金というサーカスの玉(国家予算)に、高知県では医療再生機構という組織(小柄な熊)が乗った。基金の目的は地域、特に地方の医療の崩壊を防ぐことにあった。50億円は5年間の使い切り予算であったが、高知県では15年経った今でも嫡流の事業が、若手医師のキャリア形成支援、魅力ある職場環境作りに裨益している。高知県のアプローチは望ましい基金の使い方としておそらく1、2を争うと自賛できる。さらに医療再生機構は救急車と医療機関をICTで結ぶ地方型救急医療支援システムも開発し、これはMCPCaward 2012の特別賞も授賞し、のちに高知県の救急体制の中で活用された。

このような経験の中で感じてきたことは、まず国にビジョンを実現するしくみが欠けている、あるいはビジョンそのものがないことである。医療分野を含めて、予算または補助金事業で類似したシステムがいくつもひねり出されている。しかし事業を一堂に会させて、その果実を比較検証し、次世代に向けたスペックを定め、標準となる新機軸として推進することはしない。結果、地域ごとに独自色の強いシステムの遺産が残り、時にはメンテナンスに苦しみ、後に続く優れた仕様製品の導入を阻害することもある。

見据えた未来がないことに加えて、正しい情報を国民に伝えようとはしない。この二重の遺漏で国民は本当の問題点に気付けないでいる。医療の世界を例にとれば、新しい高額な医療機器が患者さんを救い、月に1人何百万、一千万円超という高価な新薬が普通に使われる時代が到来した。しかし自分が払っていない大枚部分については考える縁もない。高額高価な機器や医薬品が大幅に引き上げても不思議ではない医療費の上昇勾配は確と押さえ込まれ、医療費圧縮達成が国民に溜飲を下げさせるばかりである。この耐久限界は、通常の病院経営にかかる人件費や人員の抑制、そしていま医療に関わる人たちの負担で成り立っていることも詳らかにされていない。「国民皆保険という優れた制度」をどこまで維持するか、「手がつけられない勢いで高騰している医療資源」と両立させるなら負担をどう配分するかを弁ずる時機である。その価格設定は本当に妥当かの検証も含まれる。危機の真実を公開して決断を国民に促す必要がある。

地域医療を支えるために心ある医師は大学病院と地域の病院間で定期的に転勤する。誠の行動をしているにもかかわらず、継続勤務年数は積み上がらず、結果、退職金は少なくなる。割愛雇用に類する、全ての病院が地域医療を支えるプール的なしくみはできないものであろうか。国立大学病院の医師は教育・研究・臨床・地域貢献を掛け持ちしながら、医師手当もプラスされない給与システムで働いていることも知られていない。加えて、雇用の寸断である。また、志を持って地方で少ない患者数を診る(パイが小さい)医師と、都会のパイが大きい医師の診療報酬体系が同じでは、地方の医師密度は下がって当たり前である。2007年に厚生労働省の官僚にこの話をしたら鼻で笑われた。しかし、地方に医者が住めなくなって困るのは国民である。

直近の「103万円の壁」政策論争で驚いたのは、嘘かまことか、「上限を引き上げると数兆円※ の予算を要すから今は実現できない」という発言がまかり通ることである。壁など意識せずに済む裕福な政策決定者の側が、103万円に留意しながら切り詰めた生活を大切に生きている人たちに数兆円の負担を十年一日のごとく強いてきたのなら恥でしかない。いつも家計負担の減少という点数稼ぎで政策が決まろうとする。家計負担の減少のほとんどは、実は現世代、次世代全体に広くかかる新しい税負担によって実現される。優秀な官僚が真実を伝え、「支えられる人が支えよう」と訴えれば、答えはすぐそこにある。平等、公平、利他的であろうとすれば、負担の仕方(税)は裕福者層と企業を巻き込んで、私たちの国の形は変えられるはずである。内部留保が多かった会社はコロナ禍を乗り切り社員を守ったが、これからはもっと社会貢献する存在であってほしい。

名も知れぬわれごときが言うことではないと、荒波に遭い、玉を転がしながら心に浮かぶことを発言しないできた。しかし一度くらい声を上げないことには、心のガラスが曇るばかりである。

倉本 秋  くらもと・しゅう

1976年東京大学卒業。東京大学医学部内科研修医、帝京大学医学部麻酔科助手を経て、1978年東京大学医学部第3外科に入局。大腸外科・内視鏡を専攻。1997年同消化管外科学助教授、1998年高知医科大学総合診療部を立ち上げ(教授)。2003年高知医科大学(2004年から高知大学)理事・病院長。日本医学教育学会理事、日本専門医機構理事、日本医師会生涯教育推進委員長などを歴任。2010年から現職。

※ドクターズマガジン2025年5月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。

倉本 秋

【Doctor’s Opinion】諮詢なき建白書〜 危機を正しく伝え、明日の議論を 〜

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