記事・インタビュー
大阪大学大学院生命機能研究科教授
仲野 徹
#13 夢みて行い、考えて祈る
※by 山村 雄一(1918年~ 1990年:元大阪大学総長)
1981年に大阪大学医学部医学科を卒業したときの総長が、結核研究で有名な山村雄一先生だった。いかにも包容力のある先生だった。言ってはなんだが、今の大学にはほとんど見当たらないタイプだ。いや、当時でもそうだったかもしれない。
山村先生には、えらく褒めてもらえたことがある。研修医の頃に宴席でご一緒したときのことだ。当時、ビールの大瓶を一気飲みできる、という特技があった。当然酔っ払っていたのだろう、どういうきっかけだったかは記憶にないのだが、山村先生の前でそれを披露することになった。飲み終えたとき、満面の笑みで「君は見どころがある」と激賞していただいて、むちゃくちゃうれしかった。どうでもいい話はこれくらいにして、本題に。
今回紹介するのは、その山村先生が「医学という自ら選んだ仕事を続けてきた経験に基づいて、自分の一生の仕事を選び、それをやり遂げるため自分自身に言い聞かせるために作った自作の座右銘」である。いつごろ作られたものかは分からないが、1985年の入学宣誓式の告辞で話された資料が残っている。
「自らの仕事を決定し、始める動機は夢みることがよいというのが私の主張です」と始まり、最後に「夢みることから始めてこそ人生にロマンが生まれ、たとえ失敗しても悔いることはないのです。諸君の幸福で夢多き学生生活を祈ります」と締めくくられている。告辞は決して長くない。ゆっくり読んでも10分に満たないものだ。しかし、新入生にどれだけの感銘をあたえたことだろう。かくいう私も、何か大きなことを決めるときには、いつもこの言葉を念頭に置いてきた。山村先生、ありがとうございます。
一生の大事を決めるときには、「夢みて行い、考えて祈る」ことが大事だと説く内容だが、何よりもこの順序を間違えてはならないと語りかける。まず、夢みて考えすぎることを強く戒めている。考えているうちに、何もしないで終わってしまうことが多いからというのが理由だ。なので、全く考えずにというのは無理としても、決して考えすぎずに、まず行う必要がある。なんとなく分かる。また、考えてばかりいると、妄想が膨らんで収拾がつかなくなってしまうことだってありそうだ。
当時よりもいまの方が、この順序はさらに重要性を増している。何しろ情報がありすぎる、あるいは、情報を得やすくなりすぎている。考えてみようと集めた情報に圧倒されてしまい、ひるんでしまうことが多くなってきてはいまいか。かといって、情報を集めずに判断するのは愚かすぎる。この辺りのバランスがいよいよ難しい世の中だ。
次に、行って得た結果について考える。この段階では考え抜くことが重要で、そうすることによって次の夢が出てくることもある。
そして、祈る。祈ったところで何かが変わるわけではないけれども、祈りたくなるのが人情だ。最後に「祈る」がついているところが、なんともロマンを感じさせてくれる。
もう一つ、山村先生は、「人生にはどうしても必要なことが3つある。それは夢と、ロマンと、反省だ。人間はこの3つを持っていないとうまくいかない」という言葉も残しておられる。物事を始めるときとは違って、進める際には反省も必要だというのがプラグマチックでとてもいい。
今回の銘がどれだけ知られているのかは分からないのだが、ある本で遭遇して驚いたことがある。石川拓治の『三つ星レストランの作り方:史上最速でミシュラン三つ星を獲得した天才シェフの物語』(幻冬舎文庫での文庫化にあたり『天才シェフの絶対温度「HAJIME」米田肇の物語』と改題)がその本だ。米田肇がエンジニアとして勤めていた会社を辞めて料理人になると決めたとき、父親が「男が一度決めて前に進む限りは、もう後には引けないぞ」と渡した手紙に「私の大好きな文章です」と断って書いてあったというのだ。なんと素晴らしいエピソードなんだと、この本のことをノンフィクションレビューサイト「HONZ」で紹介した。それがきっかけで米田さんとお知り合いになれたのも、山村先生のおかげである。
「夢みて行い、考えて祈る」で検索すると、告辞全文の載っているサイトがいくつもヒットするので、興味がおありの方はぜひ全文を読んでみてください。定年まであと半年余り。なんか夢を持たんとあかんなぁと、原稿を書きながら、あらためて思案中であります。
仲野 徹
大阪大学大学院生命機能研究科教授。専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。
2017年『こわいもの知らずの病理学講義』がベストセラーに。「ドクターの肖像」2018年7月号に登場。
※ドクターズマガジン2021年10月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
仲野 徹
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