記事・インタビュー
新型コロナウイル感染症の流行により、嫌が応もなく感染症医は注目される存在となった。診療・感染対策に加え、地方自治体や保健所、地域医師会、地域医療機関との連携・調整役、メディアへの対応など、感染症医が色々な立場で様々な業務を行っているが、多くが多忙を極めて疲労困憊している。
感染症専門医制度の移行期の今
感染症は全身性疾患のみならず、鑑別すべき疾患も多く、高齢化やグローバル化により患者は様々な背景を持ち様々な微生物による影響を受けやすくなったため、感染症診療には全身の系統的診療を行うことができる臨床能力が必要となる。

感染症専門医制度は1992年4月に日本感染症学会により創設されたが、感染症診療の経験のある各臓器専門医がダブルボード(或いはトリプル以上)として感染症専門医を取得しており、十分な感染症臨床トレーニングができていなかったことが問題として指摘されてきた。現在、感染症専門医制度では基本領域学会となる日本内科学会、日本小児科学会、日本外科学会などの認定医、専門医を取得しており、基本領域学会の研修年限を含めて感染症学の研修を6年以上積み、その内3年間は学会員として学会認定施設での研修を受けていること、筆頭論文1本、学会発表2編が受験資格の必要条件としている。症例レポートも提出し、筆記試験合格後晴れて専門医となる。来年以降は内科専門医で行われているJ-Oslerに準じたJAID-J-Oslerの運用が予定され、広く症例を経験し、他職種からの評価を受け、感染症医として必須のコンピテンシーを培えるような研修制度になることが期待される。
一方、本邦も米国と同様に学会と独立した日本専門医機構による専門医認定制度が進められており、今夏には第一回の内科専門医試験も行われた。新専門医制度において内科サブスペシャルティの中に感染症も含まれると思われるが、専門医機構の感染症専門医となるには内科専門医取得後、更に2年以上の感染症専門研修を行うことが求められる可能性があり、現在専門医機構、感染症学会の間での討議が行われている。今後しばらくは同学会認定専門医と専門医機構認定専門医が並存するものと思われ、専門医制度のまさに移行・変革期を迎えている。
現況について
新型コロナウイルス感染症の大流行により、本邦では感染症専門医を始めとして感染症に従事する医療者の不足の顕在化、新興感染症に対する社会の脆弱さが露呈した。昨年7月日本感染症学会が政府宛て、全国知事会宛てに「感染症診療体制充実および人材育成に関する要望書」を提出した。新型コロナウイルス感染症を含む重大感染症の診断、治療を行う感染症指定医療機関が全国に配備されているものの、新型コロナウイルス感染症を診療する第二種感染症指定医療機関のうち「感染症専門医」が勤務するのは28.5%(351施設中100施設)に過ぎず、2014年の調査の際の22.9%(332施設中76施設)から僅かに増加しているに過ぎないことが示された。平成29年の総務省の調査でも感染症指定医療機関での感染症専門医の充足していないことが報告されている。同学会は原因の一つに感染症専門医、指導医の地域偏在を挙げている。私がいる長崎県の場合は、地方にも関わらず、古くより感染症関連診療科、研究室が複数あったことより人口比にすると感染症専門医は全国でも多い地域であるが、一方、未だに専門医が少ない県が多く、更に指導医も少ないこともあり、専門医の育成が困難となっている地域もある。大学医学部に感染症科を有していない県もあることも一因である。また、感染症(内)科では問診やROS、身体所見、検体のグラム染色等から臨床推論を駆使し、起炎微生物を推定し、抗微生物薬を選択、投与し、治療効果を診ていくオーソドックスなスタイルであり、消化器内科や循環器内科のように診療科特有の検査・治療手技が少なく診療報酬への貢献が見えにくいこと、各診療科からの症例コンサルテーションに対しての診療加算が未だ認められておらず、感染症医の存在意義が曖昧でキャリアパスを描けにくいと捉えられ、専門医の育成が進まないと指摘されている。
上記要望書の中で今後の我が国における新型コロナウイルス感染症を含む重大感染症に対する強靭な社会体制を構築することを目的として、(1)感染症指定医療機関には「感染症(内)科」を設け、「感染症専門医」を配置すること(2)国公立および私立大学等医育機関に「感染症(内科)学講座」を設置し、感染症診療および研究を担う医師を、国として養成する体制を構築すること(3)「感染症専門医」の育成・雇用を促進するため、感染症専門医による診療(他診療科からのコンサルテーションを含む)に対して診療報酬加算をつけるなどの措置を行うこと を挙げ、これら要望の充足により、新型コロナウイルス感染症を含む重大感染症を中心となって診療するとともに、地域の感染症医療のリーダーとなり、次世代医師への教育、研究を行える「感染症専門医」を養成することが可能になると学会は訴えている。
令和3年8月1日現在、日本感染症学会認定感染症専門医数は1,622名で、学会が適正と考える3,000〜4,000人には遠く及ばない状況である。
まとめ
新型コロナウイルス感染症により、感染症学は学際的な領域であると再認識された。感染症医は依然として不足しているが、今後更に感染症医は多彩なコンピテンシーを身に付けることが求められることになり、challengingではあるものの、あらゆるキャリアパスの可能性を秘めている専門医であると思われる。
<プロフィール>

古本朗嗣(ふるもと あきつぐ)先生
施設名:長崎大学病院感染症医療人育成センター
役職: 教授 センター長
平成7年鹿児島大学医学部医学科卒業、日本内科学会認定内科医、総合内科専門医、内科指導医、日本感染症学会感染症専門医、指導医、日本呼吸器学会呼吸器専門医、ICD、抗菌化学療法指導医、臨床研修指導医 プログラム責任者養成講習会修了 医学博士
古本 朗嗣
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