記事・インタビュー
薩摩川内市下甑手打診療所所長
齋藤 学
皆さん、こんにちは。鹿児島県の西の沖に浮かぶ下甑島の手打診療所より、離島での日々の出来事をお届けしてまいりましたが、今回が最終回です。春は卒業の季節、ということで、中学生の「島立ち」の話から始めてみようと思います。
「島立ちの春」
下甑島には高校がありません。そのため、中学を卒業すると、15の春に親元を離れて本土の高校へ進学することになります。島の人たちはこれを「島立ち」と呼んでいます。そういえば、宮下奈都さんの小説『羊と鋼の森』にこんな一節がありました。「義務教育を終えると、皆、山を降りる。それが山の子供たちの宿命だった。同じように山で育っても、ひとり暮らしが性に合うものと合わぬ者とがいた。大きな学校や人混みに混じれる者、どうしても弾かれてしまう者。そして、いつかまた山に帰る者と、放流されてまったく違う場所へたどり着く者。それはいいとか悪いとかではなく、自分で選べることでさえなく、(中略)いつのまにか定められてしまうものらしい。」(宮下奈都『羊と鋼の森』文藝春秋、2015年)。私はといえば、始まりは宿命というより自分の意思でしたが、幾多の旅立ちを重ねて、いつのまにか下甑島にたどり着いた、という感じでしょうか。親たちにとっては、いつか戻って来てほしいと思う反面、自分の夢に向かって新天地で頑張ってほしいという願いもあり、その心は複雑ですよね。この島に来て1年、私にも“親心” に似たものが芽生え始めています。
「違いの中に共通点を見つける」
これは、オーストラリアの初代へき地医療長官となった、ポール・ウォーリー先生が学会で述べた言葉です。「われわれ人間は皆異なる存在であり、同様にわれわれの働くへき地も皆異なる特性を持っています。これは真実です。しかし、一つのへき地を見たとき、それは一つのへき地を見たにすぎない、という見方にはリスクがあります。もしわれわれの地域は個別で、それぞれ自分たち特有のやり方があるのだ、という価値観で働き続けたならば、われわれの経験が政策に転換されることはないでしょう。われわれは違いの中に共通点を見つける必要があるのです」。ここ下甑島は一つのへき地にすぎませんが、離島医療の根底を支える素晴らしい“仕組み” があります。患者搬送を担ってくれる日中のドクターヘリやフェリー、夜間の自衛隊や漁船。そして普段は島の外にいる、代診医や搬送先の医師、相談に乗ってくれる電話の向こう側の医師たちの存在。こうしたたくさんの医療者たちが、同じ方向を見据えることによって維持されている仕組みです。日本中のへき地や離島で医療に携わる人たちとも、違いの中に共通点を見つける努力をし、よりよい仕組みができたらと思っています。
「ちょっと離島まで~おわりに代えて」
今回下甑島への赴任に当たり、私が「ちょっと離島まで」行ってみようと思えたのは、心強いこの“仕組み” があったからにほかなりません。それに加えて、島の看護師さんをはじめ、島民の皆さんの優しさや、家族の理解にも勇気づけられ、日々診療所に立ち続けていられるのだと思っています。できる限り自分の住む島で医療を受けたい、という患者さんの思いを少しでも実現できるように……。
1年前、前任者の内村龍一郎先生からここを引き継いだとき、教えていただいたことが二つありました。一つ目は、困ったらいつでも電話していいから、と先生の携帯電話の番号。そしてもう一つは、つらくなったらここの景色を見るといいよ、と手打湾が一望できる先生の好きな場所。内村先生は、長年下甑島の医療にご
尽力されたDr.コトーのモデル、瀬戸上健二郎先生の後を継がれたので、さぞご苦労も多かったと思います。瀬戸上先生は38年もの間、この島の医師を続けられました。初めは半年という約束で働き始めたというのは何度聞いても驚きです。島の魅力に引きつけられ、ここに居続けてしまう、「島酔い」だと先生はおっしゃっています。この1年が、瞬く間に過ぎてしまったのも、もしかしたら「島酔い」なのかもしれませんね。そういえば、こんな歌がありました。「チョイト一杯のつもりで飲んで、いつの間にやら……。分かっちゃいるけど、やめられねえ」。
齋藤 学
2000年順天堂大学医学部卒業。千葉県総合病院国保旭中央病院で研修後、救急医として沖縄県浦添総合病院に勤務。その後、国内外の離島やへき地での修業を経て、へき地医療をサポートする合同会社ゲネプロを設立。2017年オーストラリアへき地医療学会とコラボしたRural Generalist ProgramJapanをスタート。2020年4月より薩摩川内市下甑手打診療所所長。同年8月、国内外のへき地視察をつづった『へき地医療をめぐる旅』(三輪書店)を上梓。
※ドクターズマガジン2021年3月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
齋藤 学
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